経済成長の黄金律

成長率一定で消費最大な黄金律
黄金律のイメージ

経済成長の黄金律は、一定の成長率で進む経済成長のうちで、消費が最も多い経済成長である[1]。黄金とも書く[2]

エドムンド・フェルプス寓話は、むかしむかしソロヴィア王国の百姓オイコ・ノモスが黄金律を思いつきました、という筋書きだが[3]、本当はフェルプスをふくむ6人の経済学者がそれぞれ独自に黄金律を発案した[4]。フェルプスらの定理によると、利子率が成長率に等しいのが黄金律である[5]

黄金律では資本が稼いだ収益を全て資本に投資して蓄積する。このことを蓄積の黄金律[6]とも資本蓄積の黄金律[7]ともいう。黄金律では資本収益を全て再投資しないといけないので、資本を所有するだけの不労所得生活者は何も消費できない[8]。黄金律の実現は経済の成熟を示す[9]

黄金律は単純なので分かりやすい[10]最適成長理論の基本中の基本とされる[9]。政策当局は黄金律に魅せられて、黄金律をめざしたいと思うことがあるという[10]

概要

均斉成長(黄金時代)

1961年に黄金律を提唱したフェルプスは、全ての経済変数がそれぞれ一定の伸び率で成長する道すじを黄金時代の道すじとよんだ[11]

ジョーン・ロビンソンの肖像(1920年代)
1920年代のジョーン。これよりおよそ30年後に黄金時代を定義する。

この黄金時代の概念は1956年ジョーン・ロビンソンが定義した[12]。現実には経済が厳密に一定の伸び率で成長しつづけることはないので、黄金時代という言葉には「実現しない神話的な状態」という意味がこめられていた[13]。もともと黄金時代ギリシア神話上の時代区分のひとつであり、最も古く長くつづいた時代であったとされる[14]。フェルプスが黄金律を初めて提唱したときの寓話は、古代ギリシア風の架空の王国を舞台とし、その主人公は古代ギリシア語の「経済」をモジったオイコ・ノモスという名であった[3]

黄金律が提唱された1960年代当時は経済学で黄金時代という言葉がつかわれていた[15]。現在は経済学で黄金時代という言葉をつかわず、かわりに均斉成長[16]という。これを恒常状態[17]ともいう(持続状態[18]とも定常状態とも訳す)が、経済学者によっては成長率がゼロの場合に限ってこれを恒常状態とよぶことがあるというので気をつける[19]

1961年に黄金律が提唱される少し前、ニコラス・カルドアは現実の経済を観察して、それがおおむね均斉成長で成長しているという事実を発見した[20]。カルドアはこの事実を定型化された事実英語版とよんだ[21]カルドアの事実英語版ともよばれる[22]。現代の経済成長理論でも、均斉成長は現実を要約して記述する概念として有益であると考えられている[23]

1961年に発表された#宇沢の定理によると、均斉成長において技術進歩は資本の生産効率を高めずに労働の生産効率を高めるかのようなかたちになる[24]。これを労働拡張型技術進歩という。フェルプスは、1961年に黄金律を初めて提唱したとき、このことに気づいていなかったが、1965年の訂正論文でこれを取りいれた[25]

また#宇沢の定理は、均斉成長において資本と生産が同じ伸び率で成長することを示す[24]。一方、トマ・ピケティは『21世紀の資本』の「おわりに」で資本が生産より速く急成長すると論じた[26]グレゴリー・マンキューはこれを批判して、ピケティのいうような成長は均斉成長から外れてゆくが、標準的な成長理論は均斉成長を基準にして考えるので、ピケティの言い分は標準的理論から外れていると指摘した[27]。もっとも、ピケティも『21世紀の資本』の他の部分では標準的理論のとおり均斉成長を基準に考えている[28]

黄金律

均斉成長(黄金時代)は成長率が一定であるというだけで、それ自体が望ましいというわけではない。一方、フェルプスは、黄金時代(ゴールデン・エイジ)で望ましいルールを黄金律(ゴールデン・ルール)とよんだ[3]。黄金律は消費を最大にする黄金時代(均斉成長)と定義される[4]

黄金律で最大化される消費というのは、消費に使う金額のことではなく、消費する財の数量を意味することに注意されたい。また、黄金律では生産量や所得が最大化されるわけではない点にも注意されたい。政策評価の実務では国内総生産国民所得の大きさで豊かさを測ることがあるが、経済理論では何らかの消費の大きさで豊かさを評価する[29]

エドムンド・フェルプスの肖像(1984年)
1984年のフェルプス。この23年前に黄金律を提唱した。

#フェルプスらの定理によると、資本収益率(利子率)が成長率に等しくなる均斉成長が存在する場合、その均斉成長が消費を最大化する黄金律である[4]

黄金律のアイデアは1947年モーリス・アレがフランス語で著した本にさかのぼるといわれるが、黄金律の名で広く知られるようになったは、1961年にフェルプスが寓話のかたちのペーパー[3]アメリカン・エコノミック・レビュー誌で発表してからである[30]。その後フェルプスは1965年に同誌で訂正論文[4]を発表し、1966年に著書『経済成長の黄金律』[31]を刊行した。この間、黄金律と同様のアイデアは、モーリス・アレやジョーン・ロビンソン、トレイヴァー・スワン英語版カール・クリスティアン・フォン・ヴァイツゼッカードイツ語版ジャック・デルソーフランス語版によっても発表された[4]2006年フェルプスがノーベル記念経済学賞を受賞した際、フェルプスの業績の一つに黄金律に関する研究が挙げられた[30]

黄金律貯蓄率

フェルプスの寓話はソロヴィア王国を舞台とする[3]。ソロヴィア王国という国名はフェルプスの同僚学者ロバート・ソローの姓をモジったものであり、ソローの成長モデルは貯蓄率 s を一定と仮定するモデルであった[32]。フェルプスが初めて黄金律を提唱したとき、ソロヴィア王国の人びとは単純なので生産物の一定割合 s を蓄積するものと仮定して、s の中から消費を最大化する黄金律をえらぶという考え方をしていた[3]。この考え方によると、黄金律では、資本収益の所得に占める割合と s が等しくなるという関係が成りたつ[3]。この関係をフェルプスは蓄積の黄金律[6]とよんだ。資本蓄積の黄金律[7]ともよばれる。

このように s を一定と仮定して導いた黄金律の s黄金律貯蓄率という[33]。黄金律貯蓄率は、きちんと定義された選好から導かれたものではないので最適性の特質を持たない過去の遺物であるといわれることがある[34]

フェルプスは1965年の訂正論文以降、貯蓄率一定を仮定することはなく、均斉成長で結果として貯蓄率が一定になることを導いている[4]

最適成長理論

世界銀行レポート『黄金成長』によると、黄金律は最適成長理論で最も基本的な命題であると今も多くの経済学者が考えているという[9]。また、ある学術博士ブログでは、最適成長理論では無限の未来の消費を最大化する、これが黄金律なのだ、というようなことが書いてある[35]。しかし、以下で述べるように、話はそれほど簡単ではない。

黄金律に向かう道すじ

黄金律を目指すのが望ましいとは限らないという意見もあるが[36]、ここでは黄金律が最適であることにしよう。そうした場合、すでに黄金律に達しているときは黄金律を保てばいいが、黄金律から外れている場合はどうすればいいかという問題がある。この問題についてフェルプスは、1961年に黄金律を初めて提唱したときの寓話で主人公のオイコ・ノモスに次のように主張させている[37](意訳)。

何としてでも今後ずっと確実に黄金律の道すじを進むべきです。黄金律では資本と生産の比率が決まっています。今の資本生産比率が黄金律より低ければ、その不足分がなくなるまで消費を遅らせるべきです。今の資本生産比率が黄金律を超えていれば、その超過分がなくなるまで消費を早めるべきです。ひとたび黄金律に到達したら、そのあとは黄金律で投資することを皆で誓わなくてはいけません。黄金律にしたがって投資比率を収益比率と一致させて行けば、後で悔やむことにならないでしょう。こうして最適に準じる社会投資政策の基礎ができあがるのです。

いそいで黄金律を達成すべきだというのがオイコ・ノモスの主張だが、最後で「最適に準じる」と語らせているあたり、この主張の甘さをフェルプス自身が認めていることを表わしている[38]。厳密な理論を構成するためには、何が最適であるかをきちんと定める必要がある[38]。フェルプスの寓話の筋書きは、数学者たちが最適をもとめて極値問題汎函数ハミルトニアンに取りくみました、しかし実現できる答えを出せませんでした、そこで大がかりな最適化問題を忘れて単純に考えることになりました、そして賢い百姓であるオイコ・ノモスが黄金律を思いつきました、という話しであった[39]。この最適化問題は、フェルプスが寓話を発表したあと、次に述べる最適成長モデルで解かれることになる。

最適成長モデル

最適成長モデルの位相図では均斉成長の消費が黄金律より少ない。
最適成長モデルの位相図。有効労働あたり資本kが一定になる曲線g(k)=0と、有効労働あたり消費cが一定になる直線g(c)=0の交点が均斉成長を示す。g(k)=0曲線上のcの最大点が黄金律。均斉成長のcは黄金律より低い。

1960年代、フェルプスらの黄金律の研究と並行して、デイヴィッド・キャスチャリング・クープマンス最適成長モデルをつくりあげた[40]。最適成長モデルは経済の進むべき望ましい道すじを一本えらぶ。その結果は、望ましい道すじの先にある均斉成長において、資本収益率が成長率を上まわり、消費が黄金律より少なくなる。

最適成長モデルが黄金律に達しないわけは、黄金律に達すると社会厚生英語版無限大になってしまって都合がわるいからである[41]。このことは次のように説明できる。

最適成長モデルでは、人々の日々の消費を数値で評価し、その数値を無限の未来まで積みあげて社会厚生を計算し、その社会厚生を最大にするように経済の進む道すじを一本えらぶ。日々の消費を評価するにあたっては、未来を先にゆけばゆくほど日々の消費を割り引いて評価する。これは、目先の消費を優先して、先ゆきの消費を犠牲にする傾向があるということなので、長い目でみると消費が黄金律より少なくなる。先ゆきの消費をあまり割り引かないようにすれば長い目でみて消費は増えるが、そうして消費を増やして黄金律に近づけてゆくと、社会厚生が無限大になってしまう。社会厚生が無限大というのは素晴らしいことのように思えるが、無限大のまわりどれも無限大なので、一本の道すじをえらべない。道すじを一本えらべるようにすると黄金律に達しない。いいかえると、道すじを一本えらぶ最適成長モデルは黄金律をえらばない。

動学非効率性

黄金律が最適成長モデルでえらばれないという点に関して、フェルプスは、その場合でも黄金律は動学非効率性の境界線として規範的な意義をもつと主張した[4]。動学非効率性というのは、消費を一方的に増やせる機会があるのに、その機会を活かしていないという意味で無駄のある状況をいう。資本が黄金律を超えるほど無駄に蓄積され、資本収益率が成長率を下まわるほど低下すると動学非効率におちいる。

現代の教科書でも黄金律は動学効率性の議論で役に立つとされる[34]。たとえばマンキューはピケティ『21世紀の資本』を批判するペーパーで、動学非効率性の境界線として黄金律に言及している[27]。批判されたピケティも実は『21世紀の資本』の目立たない場所で黄金律が動学非効率性の境界線になることを論じていた[42]。ピケティは歴史データをもとに資本収益率 r が経済成長率 g を平均的に上まわるという不等式 r > g を見いだし、それを根拠にして、現実経済の動学非効率性を否定した[43]。かつてマンキューは、もっと緻密な実証方法で先進国の動学非効率性を否定する結果をえたことがあった[44]

市場経済と黄金律

修正黄金律

もともと最適成長モデルは望ましい経済成長をえらぶためのものであったが、今はこれを市場経済のカリカチュアに使いまわす[45]。これを新古典派成長モデル[46]とか標準的新古典派モデル[45]、あるいはラムゼイ・モデル[47]という。

新古典派成長モデルは、均斉成長で利子率が成長率を上まわり、消費が黄金律より少なくなる[48]。新古典派成長モデルが黄金律に達しないことを修正黄金律ということがある[49]。また均斉成長の利子率を決定する数式を修正黄金律ということがある[50]。これを変形黄金則と書くこともある[51]

新古典派成長モデルが黄金律に達しないわけは、黄金律に達するようにすると家計効用が無限大になってしまって都合がわるいからである[52]。このことを説明すると、最適成長モデルのときの説明をほぼ繰りかえすことになるが、次のとおりである。

新古典派成長モデルでは、永久に存続する家計が無限の未来を見とおして、日々の消費を数値で評価して、これを無限の未来まで積みあげて家計効用を計算し、その家計効用を最大にするように消費行動をえらぶ。日々の消費を評価するにあたっては、未来を先にゆけばゆくほど日々の消費を割り引いて評価する。これは、目先の消費を優先して、先ゆきの消費を犠牲にするということなので、長い目でみると消費が黄金律より少なくなる。先ゆきの消費をあまり割り引かないようにしてゆけば長い目でみて消費は増えるが、そうして消費を増やしていって黄金律に近づけてゆくと、家計効用が無限大になってしまう。無限大にならない程度にきつく割り引くようにする必要があるが、そうすると黄金律に達しない。

以上について数式をもちいた説明は#新古典派成長モデルの修正黄金律の節を参照されたい。

国債発行

ピーター・ダイアモンドの肖像(2010年)
2010年のダイアモンド。この45年前、国債発行で黄金律を達成する理論を示した。

動学非効率の場合、すなわち資本が黄金律を超えて蓄積されて消費が黄金律より少なくなる場合、政府は国債を十分に発行することで黄金律を達成できる[53]。そのわけは次のとおりである。

現役世代は老後にそなえて貯蓄し、老後は貯蓄を取り崩して消費するという世代重複モデル英語版を考える。現役世代が老後の生活を心配するあまり貯蓄しすぎると、資本が黄金律を超えるほど余分に蓄積される場合がある。その場合、政府が国債を十分に発行し、現役世代が国債で貯蓄すれば、貯蓄が余分な資本蓄積にまわらなくなり、その分消費が増えて黄金律が達成される[53]

この理論は1947年にモーリス・アレがフランス語で著した論文にさかのぼるといわれるが、アレとは別にピーター・ダイアモンドが1965年にアメリカン・エコノミック・レビュー誌で発表した[54]。このことはダイアモンドがノーベル記念経済学賞を受賞した際、その業績の一つに数えられている[54]

合理的バブル

ティロールの肖像(2007年)
2007年のティロール。この22年前にバブル均衡で黄金律が成りたつ理論を示した。

動学非効率の場合、すなわち資本が黄金律を超えて蓄積されて消費が黄金律より少なくなる場合、合理的バブルが発生する可能性があり、合理的バブルが均斉成長で存続するバブル均衡で黄金律が達成される[55]。そのロジックは、ダイアモンドの世代重複モデルにおける国債を合理的バブルにおきかえたものであり、次のように考える。

  1. 資本が黄金律を超えるほど余分に蓄積され、資本収益率が成長率を下まわるほど低下すると、低収益の資本に投資するぐらいならバブルに賭けてみるのが合理的になる。そうして発生する合理的バブルの収益率は資本収益率と一致する。そのわけは、バブルの収益率が資本収益率より低ければバブルを売って資本を買えば儲かるし、バブルの収益率が資本収益率より高ければ資本を売ってバブルを買えば儲かるが、こうした裁定取引が十分に行われると収益率の違いがなくなるからである。
  2. バブルというのは、本来無用の物でありながら、ただ値上がりするから買われ、ただ買われるから値上がりする。その性質上、バブルの膨張率はそのままバブルの収益率になる。
  3. バブルがうまい具合に存続するような均斉成長をバブル均衡という。バブル均衡ではバブルは経済成長率と同じ伸び率で膨張する。

まとめると、1.資本収益率は裁定取引によりバブル収益率と一致し、2.バブル収益率は性質上バブル膨張率に一致し、3.バブル膨張率はバブル均衡で経済成長率と一致する。つまり資本収益率はバブル均衡で成長率と一致する。このことはバブル均衡が黄金律であることを意味する。

この合理的バブルの理論は1985年にジャン・ティロールエコノメトリカ誌で発表した[55]。この理論はティロールがノーベル記念経済学賞を受賞した際、その業績の一つに数えられている[56]

近年の論調

世界銀行『黄金成長』

世界銀行が2012年に発行したレポート『黄金成長:ヨーロッパ経済モデルの輝きを取りもどす』は、黄金律にインスピレーションを得てタイトルをつけ、黄金律にもとづいて政策提言を行っている[9]

このレポートによると、黄金律は最適成長理論で最も基本的な命題であると今も多くの経済学者が考えている[9]。黄金律を保つことは経済の成熟を示す[9]。黄金律は単純なので分かりやすく、政策当局は黄金律に魅せられてこれをめざしたいと思うことがある[10]、という。

ピケティ『21世紀の資本』

ピケティの肖像(2015年)
2015年のピケティ。黄金律に否定的。

トマ・ピケティは、2013年にフランス語で著し2014年に日本語に翻訳された『21世紀の資本』で、黄金律について次のような自説を展開している。およそ黄金律に対して否定的である。

  • 歴史データをみると資本収益率が成長率よりずっと高いので、現実の資本は黄金律よりずっと少ない[57]。現実経済が黄金律ほどの資本を蓄積するとは考えにくい[58]。黄金律は抽象理論にすぎず実際問題であまり役に立たない[58]
  • 黄金律において、資本を所有する不労所得生活者は、資本の収益の全てを再投資しないと自分の地位を保てないので、何も消費できない[58]。したがって黄金律の実現は不労所得生活者の支配を終わらせる[59]。しかし黄金律を無理に実現する必要はなく、そうするよりも不労所得生活者に課税するほうがずっと簡単で効果的だ[59]
  • 黄金律は資本の上限を設定するだけのものであって、黄金律に到達するのが望ましいという主張を導き出すものではない[59]。目先の消費を犠牲にしてまで黄金律をめざすのが適切とは限らない[36]

語源説

経済成長の黄金律は聖書に由来するという説がある。この説によると、経済成長の黄金律の語源は、新約聖書マタイ伝にある黄金律「人にしてもらいたいと思うことは、あなたがたも人にしなさい」に由来し、これを経済用語におきかえると「現代の世代にも未来の世代にも同じだけ消費させる場合、あるいは、未来の世代の消費を自分たちの消費より少なくしない場合、一人当たり消費の最大量は黄金律である」と解釈できるから、黄金律と名づけられたのだという[60]。もっとも、経済学で初めて黄金律の言葉を用いたフェルプスは、黄金時代(ゴールデン・エイジ)のルールを黄金律(ゴールデン・ルール)と名づけたのであって、語源を聖書の黄金律に求めていない[3]。聖書語源説の根拠は不明である。

数式をもちいた説明

宇沢の定理

変数がそれぞれ一定の伸び率で成長する均斉成長(黄金時代)において技術進歩は労働拡張型である。この定理は初めジョーン・ロビンソンが図示し[61]、1961年に宇沢弘文が証明した[62]。これを宇沢の定理という[63]

宇沢の定理について、証明方法を簡素化した Schlicht(2006)にもとづいて数式をつかって示すと以下のとおりである[64]

宇沢の定理では、次のような経済構造を考える。

  1.  …時点 の生産物 は生産関数 をつうじて資本 と労働投入 によってつくられる。関数 は資本 と有効労働 に関して1次同次関数とする(規模に関して収穫一定)。関数中の最後の項「」は時点 が進むにしたがって生産関数が変化することを示す。
  2.  …生産物 は消費 にあてられるか投資 にあてられる。
  3.  …資本 は投資 によって増えるが、一定の減耗率 で減る。

以上の経済構造のもとで、について、各変数 は一定の率 で成長する、すなわちとする。これを時間微分するとである。

均斉成長で生産と資本の成長率が一致することを以下のとおり示す。

まず、を次のように導く。をもちいて、次の式1の時間微分から式2を得て、またその時間微分から式3を得る。

これらを適宜代入して

を得る。であるから

  1. または 、かつ
  2. または

である。ここでを仮定すると、上記1から 、上記2から になるので、になるが、これはの仮定と矛盾する。背理法によりであることがわかる。

また、を次のように導く。に代入して次の式1を得て、またその時間微分から次の式2を得る。

これらから を消去してを得る。であるからである。

以上により、であり、生産と資本の成長率は一致することが示された。一致する成長率を と表す。

生産と資本の成長率が一致することをふまえ、技術進歩が労働拡張型になることを以下のように示す。

0時点では次の式1であり、またであるから、式1は式2のように書ける。関数の1次同次性から式2は式3になる。と定義すると、式4を得る。

関数形の変化を示す最終項がゼロであることは関数形が変化しないことを意味する。最後の式4の関数のなかで は一定の率で成長し、労働 を拡張するかのような形になっているので、これを労働拡張型技術進歩という。また 有効労働という。有効労働 は、生産 や資本 と同じ率 で成長する。

フェルプスらの定理

資本の収益率(利子率)が成長率に等しくなる均斉成長が存在する場合、その均斉成長が黄金律である[4]。このことをフェルプスは、黄金時代における消費最大化に関する定理とよぶ[65]。この定理をPhelps(1965)にもとづいて数式をつかって示すと次のとおりである。

経済構造は次の3つの式であらわされるものとする。

    • 時点 の生産物 は生産関数 をつうじて資本 と有効労働 によってつくられる。生産関数 は1次同次関数とする(規模に関して収穫一定)。
    • 有効労働 は、技術 と労働 を掛け合わせたものであり、まとめて定率 で外生的に増加するものとする(労働拡張型技術進歩前述)。
    • 生産物 は消費 にあてられるか投資 にあてられる。
    • 資本 は投資 によって増えるが、定率 で減耗する。

以上3つの経済構造式を資本の微分方程式のかたちにまとめると次式を得る。

外生変数である有効労働 で資本 と消費 を割って基準化し、それぞれを小文字 であらわす。規模に関する収穫一定の仮定の下で と定義すると、上記の微分方程式から を消去できる。

均斉成長で資本 と消費 は有効労働 と同率で成長するので、有効労働 で基準化された資本水準 と消費水準 は均斉成長で一定になる。一定になる資本水準を 、消費水準を と表すと、上記の式で次のようになる。

そして消費水準 を最大化する黄金律資本 をもとめる。まず、均斉成長で消費がプラスになるの領域がないとプラスの黄金律は存在しないので、消費がプラスになる領域があることにしよう。生産関数が2回微分可能であり、その1回微分が正で2回微分が負である場合 、消費水準 を最大化する黄金律資本 は、上記の式で で微分してゼロとなる点である。

は資本の純収益率であり、これを利子率 と表す。黄金律利子率 を用いて次式を得る。

これにより利子率が成長率に等しい均斉成長が存在し、それが黄金律になることが示された。

微分不能な点のあるハロッド・ドーマー型生産関数の場合も、黄金律を示すことができる。

新古典派成長モデルの修正黄金律

もともとキャスやクープマンズのモデルは社会計画のための最適成長モデルであったが、現在はこれを市場経済における消費者最適化行動におきかえて動学一般均衡モデルとして用いるようになった[45]。この種の動学一般均衡モデルを新古典派成長モデル[46]などという。

新古典派成長モデルでは、均斉成長で利子率が成長率を上まわり、消費が黄金律より少なくなる[48]。黄金律に達するほど時間選好率を低く設定すると、割引効用が発散し、横断性条件が満たされなくなるからである[52]。このことを以下に示す。

新古典派成長モデルでは次の最適化問題を解く。

  • .

ここで消費 、人口 、生産 、資本 、投資 、時間選好率 、資本減耗率 である。また次の4つの仮定を置く。ここでは4番目の仮定が重要である。

  • 仮定1 新古典派生産関数[66] は1次同次関数であり、は2回微分可能でとする。
  • 仮定2 稲田の条件[67]とする。
  • 仮定3 新古典派選好[68]:効用関数 は2回微分可能で とする。
  • 仮定4 技術進歩を伴う割引[69]とする。ただし、技術進歩率 と人口増加率 は定数であり、相対的危険回避度を一定とする。

そして, と定義して、4つの式を得る。

  1. (横断性条件)
  2. (オイラー方程式)
  3. (利子率の定義式)
  4. (制約式)

これは定常状態で次のようになる。

の場合の解は次の通りである。

式1 により利子率は成長率より大きい。このことは、仮定4 によって保証される。この仮定をおかないと割引効用が無限大になり、横断性条件が満たされなくなる[52]

式1 は新古典派成長モデルが黄金律 に水準に達しないことを意味する。このように新古典派成長モデルが黄金律に達しないことを修正黄金律という[49]。また式2の 修正黄金律ということがある[50]。これを変形黄金則と書くこともある[51]

なお、昔の教科書、1989年のブランシャール・フィッシャー『マクロ経済学講義』では修正黄金律の定義が少し異なっていた。ブランシャールらは最適化の目的関数の定義で人口を乗じず、また技術進歩を考えず、次のような最適化問題を解く。

  • .

定常解は次の通りである。

ブランシャールらは、この式2 、すなわち均斉成長で利子率が時間選好率と人口増加率の和で決定されるという数式を修正黄金律とよんでいた[70]

脚注

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  1. ^ Phelps(1965,1966)。経済成長の黄金律という表現はPhelps(1966)のタイトル"Golden Rules of Economic Growth"による。
  2. ^ ピケティ(2014) 山形浩生らの訳。
  3. ^ a b c d e f g h Phelps(1961)。
  4. ^ a b c d e f g h Phelps(1965)。
  5. ^ Phelps(1965,1966)。ここでは大雑把な言い回しをしている。詳しくは#フェルプスらの定理を参照。
  6. ^ a b Phelps(1961)の"the Golden Rule of Accumulation"。
  7. ^ a b たとえばBarro and Sala-i-Martin(2004)35頁の"the golden rule of capital accumulation"。
  8. ^ ピケティ(2014)593-594頁。
  9. ^ a b c d e f Gill and Raiser(2012)Vol.1 Overview 2頁。同Vol.2 Main Report 2頁にも同じ文。
  10. ^ a b c Gill and Raiser(2012)Vol.2 Main Report 433頁。
  11. ^ Phelps(1961,1965,1966)の"a golden age"。
  12. ^ Phelps(1961)は参考文献を3つ挙げており、そのうち1つが Robinson (1956) である。Robinson(1956)が黄金時代を定義した件についてはGibson(2005)20頁を参照。
  13. ^ Robinson(1956)99頁。Gibson(2005)106頁も参照。
  14. ^ ヘシオドス仕事と日々』。
  15. ^ Phelps(1961,1965,1966)のほか、世代重複モデルの古典として知られるDiamond(1965)なども黄金時代という用語をつかっていた。
  16. ^ たとえばAcemoglu(2009)の"Balanced Growth Path (BGC)"。
  17. ^ Solow(2000)の福岡正夫訳。原語はsteady state。
  18. ^ Barro and Sala-i-Martion(2004)大住圭介訳。
  19. ^ Barro and Sala-i-Martin(2004)34頁の脚注11。
  20. ^ Acemoglu(2009)57頁。原典はKaldor(1961)。
  21. ^ Kaldor(1961)。
  22. ^ Acemoglu(2009)57頁。
  23. ^ Solow(2000)福岡正夫訳158頁。
  24. ^ a b Uzawa(1961)、Schlicht(2006)。
  25. ^ Phelps(1965)。
  26. ^ ピケティ(2014)602頁。
  27. ^ a b Mankiw(2015)。
  28. ^ たとえばピケティ(2004)373~376頁「時間選好の問題」、同592~595頁「21世紀における政府と資本蓄積」などのほか、同書専門増補全般。
  29. ^ 齊藤誠(2006)『成長信仰の桎梏:消費重視のマクロ経済学』勁草書房。
  30. ^ a b The Royal Swedish Academy of Sciences. “Edmund Phelps’s Contributions to Macroeconomics (PDF)”. Advanced information on Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel. Nobelprize.org. Nobel Media AB. 2015年10月15日閲覧。
  31. ^ Phelps(1966)。
  32. ^ Boianovsky and Hoover(2014)。
  33. ^ たとえばAcemoglu(2009)42頁。
  34. ^ a b Acemoglu(2009)70頁。
  35. ^ 池田信夫. “池田信夫 blog : 資本収益率はどこで安定するのか”. ライブドア・ブログ. 2015年10月29日閲覧。
  36. ^ a b ピケティ(2014)595頁。
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  40. ^ Cass(1965)、Koopmans(1965)。
  41. ^ Phelps(1966)。技術進歩のないケースはCass(1965)も参照。
  42. ^ ピケティ(2014)第16章注42、専門補遺57頁。山形らの訳では「黄金則」「動的非効率」である
  43. ^ ピケティ(2014)専門補遺57頁。山形らの訳では「黄金則」「動的非効率」である。
  44. ^ Abel, Mankiw, Summers and Zeckhauser (1989) "Assessing Dynamic Efficiency: Theory and Evidence" The Review of Economic Studies, 56(1).
  45. ^ a b c Solow(2000)福岡正夫訳「第7章 標準モデル再論」による。
  46. ^ a b Acemoglu(2009)Chapter 8, "The Neoclassical Growth Model"。
  47. ^ Barro and Sala-i-Martin(2004)の”the Ramsey model”。
  48. ^ a b Blanchard and Fischer(1989)45頁、Solow(2000)福岡正夫訳167頁。Barro and Sala-i-Martin(2004)98頁と101頁、Acemoglu(2009)310頁。
  49. ^ a b Solow(2000)福岡正夫訳167頁。Acemoglu(2009)300頁。
  50. ^ a b Barro and Sala-i-Martin(2004)101頁。
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  52. ^ a b c Barro and Sala-i-Martin(2004)101頁、Acemoglu(2009)310-311頁。
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  64. ^ Schlicht(2006)のほか、Jones and Scrimgeour(2008)、Acemoglu(2009)を参照。
  65. ^ Phelps(1965,1966)の a theorem on maximal consumption in a golden age 。
  66. ^ Acemoglu(2009)28頁、Assumption 1 に相当する。
  67. ^ Acemoglu(2009)33頁、Assumption 2 に相当する。
  68. ^ Acemoglu(2009)287頁、Assumption 3。309頁、式8.49。
  69. ^ Acemoglu(2009)310頁、Assumption 4。
  70. ^ Blanchard and Fischer(1989)45頁、

参考文献

関連項目