澄江の化石産地

世界遺産 澄江の化石出土地域
中華人民共和国
澄江動物群が最初に出土した帽天山
澄江動物群が最初に出土した帽天山
英名 Chengjiang Fossil Site
仏名 Site fossilifère de Chengjiang
面積 512 ha(緩衝地域 220 ha)
登録区分 自然遺産
登録基準 (8)
登録年 2012年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

澄江の化石出土地域(ちょうこう[注釈 1]のかせきしゅつどちいき)は、中華人民共和国の世界遺産のひとつであり、カンブリア紀生態系を考察する上でカナダバージェス頁岩と並んで世界的に重要な化石生物群、いわゆる澄江動物群が出土した地域である。カンブリア紀の化石出土地域の中では最も古い部類に属し[1]、多くの軟らかい組織が残された保存状態の良好さも高く評価されている[2]。また、最古の脊椎動物であるミロクンミンギアをはじめ、保存された種の多様性にも特色がある。

調査と保護の歴史

帽天山の名を冠するマオティアンシャニア・キリンドリカ(円筒帽天山蠕虫)。現在は貴州省など中国の他の地域でも見付かっている[3]
ミロクンミンギア(昆明魚)の復元図

澄江の化石出土地域は雲南省玉渓市澄江県にある。その澄江県は雲南省都の昆明市からは東南に60 km離れている[4]。その澄江の帽天山周辺は、20世紀初頭には化石生物の産地として、フランス人研究者オノレ・ラントノワ (Honoré Lantenois)、ジャック・ドプラフランス語版アンリ・マンシュイ (Henri Mansuy) らが調査を行なっていた[5]。この調査で軟体性の生物の化石が発見されており[6]、カンブリア紀のクンミンゲラ英語版の存在も報告されていたが[7]、大きく注目されることはなかった[8]

いわゆる澄江動物群の出土地として本格的な調査が始まるのは1984年以降のことである。この年の6月から帽天山の調査に当たっていた古生物学者の侯先光が、7月1日に未知の生物の軟体部を発見したのを契機に、次々と新たな軟体部の化石を発見したのである[9]。当初の調査に引き続いて、1990年頃まで断続的に調査が重ねられ、調査範囲も周辺の馬鞍山、小濫田村付近などに拡大された[10]。その成果が段階的に公表されたことで、重要性が広く認知されるようになった[11]。未知の生物群が発見されたことはもちろん重要だが、ハルキゲニアなどの既に存在が知られていた生物についても、後述するように重要な知見をもたらした。

1990年代に入ると南京地質古生物研究所などによる組織的な調査も行なわれるようになり[12]、1999年には西北大学舒徳干が、ミロクンミンギア属とハイコウイクチス属という2つの脊椎動物の化石を発見し、カンブリア紀に脊椎動物はいなかったとする従来の認識を覆した[13]。なお、この発見に関する論文は『ネイチャー』に掲載されたが、のちに侯などからはハイコウイクチス属はミロクンミンギア属と同一の属とすべきであるとの見解が示された[14]

カンブリア紀は膨大なリンの鉱床が形成された時期でもあり、どのような関連性かは解明されていないが、当時の進化とリン酸塩には何らかの関連性があると考えられている[15]。澄江の化石出土地域周辺もリン鉱石を産出し、かつてはその採掘が行われていた[16]。しかし、2008年までに、世界遺産登録範囲周辺の緩衝地域では、かつて行われていた14箇所でのリン採掘はすべて停止された[17]。一帯は公有地となっており、中国の国内法で保護されているほか[18]、帽天山周辺の地区は雲南省澄江国家地質公園という名称でジオパークにもなっている。

生物相

澄江のみで発見されているレアンコイリア・イレケブロサ(迷人林喬利虫)
澄江のみで発見されているフクシアンフイア・プロテンサ(延長撫仙湖虫)
帽天山から出土した三葉虫の一種

一帯の先カンブリア時代からカンブリア紀にかけての地層は、以下のように分かれる。まず最下層が苦灰岩燐灰土から成る漁戸村累層 (Yuhucun Formation) で、この層から微小硬骨格化石群が出土している[19]。次が黒林鋪累層 (Heilinpu Formation) で、シルト岩から成る下層の石岩頭部層 (Shiyantou Member) と、粘土岩層・シルト岩層などから成る上層の玉案山部層 (Yu’anshan Member) とに分かれる[20]。いわゆる澄江動物群は玉案山部層から出土した。

澄江動物群はカンブリア期の重要な化石群を含むバージェス頁岩よりも、およそ1000万年[21]ないし1500万年[22]ほど古い時期の生物たちであると考えられている。バージェス頁岩の場合、多くの生物は押し潰され、平面になっている化石から、立体像を復元する必要があった。しかし、澄江動物群の場合、立体的な姿をとどめる化石も残っている[23]

一帯から発見されている生物は196種にも及び、分類可能なものだけで16門に分かれている[24]アコスミア・マオティアニア(帽天無飾蠕虫)、ユンナノカリス・メギスタ(大雲南蝦)、コムビニヴァルヴラ・チェングイアングエンシス(澄江融殻虫)、パラパレオメルス・シネンシス(中国似古節虫)、ファキヴェルミス・ユンナニクス(雲南火把虫)、マアンシャニア・クルスティケプス(殻頭馬鞍山虫)など、21世紀初頭の時点でカンブリア紀のほかの化石出土地域では確認されていない生物群も含まれている[注釈 2]。これらの全てが世界遺産登録地域から出土しているわけではなく、周辺の発掘地域で発見されたものも含まれているが、これだけ多様な化石が一帯から出土していることは、世界遺産登録地域を位置付ける上でも重要とされた[21]

ハルキゲニアの従来の復元図が上下さかさまであったことも、澄江で発見された良好な標本に触手(肢)が2列残っていたことから明らかになった[25]

また、澄江で発見されたミクロディクティオンの化石は、カンブリア紀の地層から出土していた微小硬骨格化石群のひとつの正体を特定することにつながった。微小硬骨格化石群には、リン酸塩でできた網状の円盤が確認されていたが、それはミクロディクティオンの葉状肢のそれぞれの付け根近くについていた一種の肩当てのようなものだったのである[26]

さらに、脊椎動物の起源についても新たな発見があった。従来、最古の脊椎動物の化石はオルドビス紀アランダスピスであり[27]、顎のない原始的な魚の出現はカンブリア紀後期からオルドビス紀初期のいずれかの時期だったのではないかとも推測されていた[28]。しかし、メクラウナギなどど同じ無顎類に属すると考えられる原始的な魚であるミロクンミンギアが1999年に発見されたことにより、従来の見解は覆されたのである[27]

登録経緯

中国当局は2005年に、澄江動物群が初めて出土した帽天山周辺から、その北東の馬鞍山地区、小濫田地区までの[29]面積およそ512haの地域を[30]、「澄江のラーガーシュテッテ保護地域」(The protection zone of Chengjiang fossil lagerstätte) の名で[31]世界遺産の暫定リストに登録した。

2010年の時点で、人類出現以前の時代の化石出土地域を対象とする世界遺産は12件登録されていた[32]。しかし、それらはミグアシャ国立公園カナダデボン紀)、ジョギンズの化石の崖群カナダ石炭紀)、サン・ジョルジョ山スイス / イタリア三畳紀)、ドーセットと東デヴォン海岸イギリスジュラ紀ほか)など、カンブリア紀以外の時期のものばかりで、カンブリア紀の化石出土地域はカナディアン・ロッキー山脈自然公園群しかなかった。その世界遺産にはバージェス頁岩が含まれており、いわゆる「カンブリア爆発」をめぐる議論への寄与度はきわめて大きく、象徴的存在ともなっている[33][18]。しかし、澄江はバージェス頁岩よりも古い時期である上に、196種も見付かっている澄江の化石の中で、バージェスと重複するのは6種しかない[18]。中国当局はそうした古さや多様性の点から、澄江もバージェス頁岩と同等の重要性は認められるものと判断した[34]

また、世界遺産になっていないカンブリア紀の化石出土地域には、オーストラリアカンガルー島エミュ・ベイ英語版スウェーデンオルステン英語版グリーンランドシリウス・パセットなどがあり、中国国内にも貴州省凱里などがあるが、それらは多様性ないし保存状態などの点で、澄江やバージェス頁岩には及ばないものと中国当局は見なした[35]

そうした比較研究を踏まえ、中国当局は澄江の化石出土地域に顕著な普遍的価値が認められるものとして、2011年に正式に推薦した。 世界遺産委員会の諮問機関であるIUCNは、中国当局の推薦書と現地調査の結果を元に、世界遺産委員会への勧告書を作成した。IUCNは中国による比較研究を認めた上で、レナ石柱自然公園(2012年登録のロシアの世界遺産。当時は暫定リスト登録物件として推薦中)との比較も行なった。レナ石柱自然公園はカンブリア紀の岩石群が隆起した奇観に特色のある自然公園であり、当然カンブリア紀の化石生物も出土している。しかし、多様性の点ではやはり澄江には及ばないとして、IUCNはレナ石柱自然公園との比較を踏まえても、澄江の顕著な普遍的価値は揺らがないとして[18]、世界遺産委員会に「登録」を勧告した[36]

登録基準

世界遺産委員会でも勧告がそのまま受け入れられたので、この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (8) 地球の歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要な地学的進行過程、重要な地形的特性、自然地理的特性などが含まれる。

基準 (8) の適用理由は、前述のように保存状態の良さと多様性の点で傑出していることが評価されたものである[37]

登録名

世界遺産としての正式登録名は、Chengjiang Fossil Site(英語)、Site fossilifère de Chengjiang(フランス語)である。また、ユネスコ世界遺産センターはそれらと別に「澄江化石遗址」という中国語名を公表している[38]。その日本語訳は資料によって以下のような違いがある。

脚注

脚注

  1. ^ 読み方は『精選 中国地名辞典』(塩英哲編訳、凌雲出版、1983年)ならびに『最新中国地名事典』(張治国監修、日外アソシエーツ発行、紀伊国屋書店発売、1994年)による。前者には「チョンチアン」、後者には「ツンジャン」という表記が併記されている。『グランド新世界大地図』(全教出版、1992年)では「チォンチィアン」という読みが記載されている。モリス (1997)、ホウほか (2008)、日本進化学会 (2012) など化石出土地域として言及している文献では、いずれも「チェンジャン」という読みが記載されている。
  2. ^ 「澄江以外で見付かっていない」は、ホウほか (2008) の紹介でそう位置付けられているものである。なお、中国語名も同書に依拠した。

出典

  1. ^ 宇佐美 (2008) p.94
  2. ^ ホウほか (2008) p.iv
  3. ^ ホウほか (2008) p.58
  4. ^ 塩英哲編訳『精選 中国地名辞典』(凌雲出版、1983年)、p.543
  5. ^ ホウほか (2008) p.8
  6. ^ モリス (1997) p.168
  7. ^ 宇佐美 (2008) pp.193-194
  8. ^ モリス (1997) p.168
  9. ^ ホウほか (2008) pp.8, 11
  10. ^ ホウほか (2008) p.12
  11. ^ ホウほか (2008) p.13
  12. ^ 大森 (1998) p.160
  13. ^ 『Newton』2007年5月号、p.64
  14. ^ ホウほか(2008) p.189
  15. ^ モリス (1997) pp.212-213、宇佐美 (2008) pp.90-92
  16. ^ 宇佐美 (2008) p.31
  17. ^ IUCN (2012) p.20
  18. ^ a b c d IUCN (2012) p.19
  19. ^ ホウほか (2008) pp.14-16
  20. ^ ホウほか (2008) pp.16, 18-19
  21. ^ a b IUCN (2012) p.18
  22. ^ モリス (1997) p.170、日本進化学会 (2012) p.222
  23. ^ 『Newton』2007年5月号、p.66
  24. ^ IUCN (2012) p.21
  25. ^ モリス (1997) p.169
  26. ^ モリス(1997) p.170
  27. ^ a b 宇佐美 (2008) p.143
  28. ^ モリス (1997) pp.139-140
  29. ^ {{{1}}} (PDF)
  30. ^ IUCN (2012) p.17
  31. ^ 当時の原綴は世界遺産センターの暫定リスト記載跡地の表記に従う。
  32. ^ China (2011) pp.72-74
  33. ^ モリス (1997) pp.23-24
  34. ^ China (2011) pp.75-76
  35. ^ China (2011) pp.77-78
  36. ^ IUCN (2011) p.22
  37. ^ 36COM 8B.9 Natural Properties - Chengjiang Fossil Site (China)
  38. ^ Chengjiang Fossil Site - Description
  39. ^ 世界遺産アカデミー監修 (2013) 『世界遺産検定公式過去問題集2・1級』マイナビ、p.110 ; 正井泰夫監修 (2013)『今がわかる時代がわかる世界地図・2013年版』成美堂出版、p.140
  40. ^ 日本ユネスコ協会連盟監修 (2013) 『世界遺産年報2013』朝日新聞出版、p.17
  41. ^ 古田陽久 古田真美 監修 (2012) 『世界遺産ガイド・世界遺産条約採択40周年特集』シンクタンクせとうち総合研究機構、p.64
  42. ^ 谷治正孝監修『なるほど知図帳・世界2013』(昭文社、2013年)、p.136
  43. ^ 西和彦「第三十六回世界遺産委員会の概要」(『月刊文化財』2012年11月号)、p.49

参考文献

関連項目

外部リンク