清水局事件

清水郵便局事件(しみずゆうびんきょくじけん)とは1948年昭和23年)に静岡県清水市(現在は静岡県静岡市清水区)で発生した小切手抜き取り事件であり、清水局事件とも称される。この事件自体は小さい事件であるが、特筆すべきは冤罪で起訴された被疑者が自力で真犯人を探し出したことである。

事件の概略

1948年2月6日横浜市内の会社から額面7万9491円の銀行小切手が書留郵便で発送されたが、宛名の清水市内の会社に届かなかった。

受け取り先の会社からの不着の問い合わせを受けて調査したところ、小切手は既に換金されていた。その小切手には受取人の住所氏名及び社印まで正しく記入されていた。そのため警察は書留郵便を取り扱った郵便局員3人を容疑者として取り調べ、そのうち筆跡が酷似しているとされた局員(当時22歳)を拘束した。

また問題の小切手に捺印されていた社印は印鑑屋で偽造されたものであるが、犯人が8日に依頼した印鑑屋に受け取りに来たとされた。この2月8日の被疑者の局員は当日は非番でアリバイがはっきりせず、印鑑屋の主人も同一人物と証言し、局員も犯行を「自白」(実は警察の厳しい追及のため一度だけ虚偽を認めたものであった)したため、3月10日に起訴された。

公判

裁判では改めて小切手の筆跡鑑定が行われ、4人の鑑定人が被告人となった局員のものと一致すると鑑定したが、しかしながら印鑑屋に社印を取りに行ったのが8日であるとする根拠は無く、しかも主人が姿をはっきり見たわけでないことが判明した。だが、1審、2審とも有罪判決を受け、2審の東京高裁1951年4月30日懲役1年6月を宣告した。しかし一縷の望みを託し最高裁に上告した。

真犯人

被告人となった局員は、冤罪をはらすべく調査を開始。1951年9月6日に、ようやく真犯人を探しだした。真犯人は、当時、東京鉄道郵便局の郵便車乗務員だった男性であり、書留輸送中に盗み、その後は行方をくらましていた。真犯人に対しては1951年11月26日冤罪の局員よりも軽い懲役1年が確定したが、局員に無罪判決が下されたのは、1952年4月24日であった。

もしも真犯人を探し出せなければ、局員は最初の自白と筆跡鑑定によって刑務所に送られていたのは確実であり、警察の誤った初動捜査によって冤罪を生み出していたといえる。

関連項目