櫻間伴馬

櫻間伴馬(左陣)

櫻間 伴馬(さくらま ばんま、1836年1月6日天保6年11月18日) - 1917年大正6年)6月24日)は、シテ方金春流能楽師1911年喜寿を記念して櫻間左陣と改名。

喜多流の友枝家とともに熊本藩に仕えた名家の櫻間家17代目。

21歳で藩命により江戸へ行き、金春流地謡方の中村平蔵に師事。その後維新の動乱期により国許と行き来するが、1879年(明治12年)に細川護久の勧めで三度目の上京をして以後は東京に永住。十六世宝生九郎、初世梅若実とならんで「明治の三名人」と謳われた。 『道成寺』『俊寛』『邯鄲』を得意としたが、鬘物の幽艶さでも類を絶したという。

明治期に衰微していた金春流を背負って立ち、金春流宗家の金春光太郎(後の八条)・栄治郎兄弟を守って盛り立てた功績は大きく、「金春流中興の祖」と称えられている。

次男に櫻間弓川櫻間道雄は甥に当たる。

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