橘丸事件

橘丸事件(たちばなまるじけん)とは、1945年(昭和20年)に日本陸軍が国際法に違反して病院船橘丸」で部隊武器を輸送した事件である。

概要

1945年8月3日、第5師団歩兵第11連隊第1・第2大隊歩兵第42連隊1個中隊の総勢1562人と武器弾薬を積載しバンダ海を航行していた病院船「橘丸」を、アメリカ海軍駆逐艦コナー」(USS Conner)、「チャレット」(USS Charrette)が臨検した。兵士たちは白衣を着て患者を装い、武器等は赤十字社の標章を付して梱包していたが発見され、「橘丸」は拿捕され、全員が捕虜となった。その後、モロタイ島に連行され、将兵はフィリピンマニラ捕虜収容所に移送された。

戦後

橘丸事件の裁判は、米第8軍司令官が招集した軍事委員会が主催する横浜法廷(場所:横浜地方裁判所)で行われた。審理は1948年(昭和23年)3月に開始され、同年4月13日に判決が出された。

起訴された人物と判決

参考文献

  • 御田重宝『人間の記録 太平洋戦争下偽装病院船事件 - 「橘丸」と戦犯裁判』現代史出版会、発売:徳間書店、1977年。