壱岐丸

壱岐丸(いきまる)は、山陽鉄道1904年に発注し1905年に竣工した貨客船である。

関釜連絡船として就航中、鉄道省日本国有鉄道の前身)に所有が移り、1922年青函連絡船として転属、就航。1923年稚泊連絡船として臨時に就航していたが、1924年より正式に転属。1932年大阪商船に売却され、樺太丸と改名。琉球航路、樺太航路を経て、1945年から1947年まで青函航路復帰。1951年室蘭にて解体。僚船に対馬丸がある。

本船で使用されていた号鐘は解体後も保存され、1967年鉄道記念物に指定された。当時は交通博物館で展示されていたが、同館の閉鎖後は鉄道博物館に移管され、のヒストリーゾーンにて展示されている。

沿革


概要

  • 総トン数 1681t
  • 定員 旅客 317人
  • 乗組定員 77人
  • 喫水 3.8m
  • 長さ 82.5m 幅11m 深さ6.7m
  • 貨物搭載量 300t
  • 主缶 舶用スコッチ型2基
  • 主機と軸数 三連成往復動汽機2基、2軸
  • 出力 2422馬力
  • 最高速力 14.96ノット