スポ根

スポ根(スポこん)とは、「スポーツ」と「根性」を合成した「スポーツ根性もの」の略語[1][2]で、日本漫画アニメドラマにおけるジャンルの一つである。このジャンルの作品を「スポ根漫画」「スポ根アニメ」「スポ根ドラマ」と呼ぶ。

定義

狭義のスポ根とは、1960年代から1970年代の日本の高度経済成長期に一般大衆の人気を獲得したジャンルであり[1]メキシコ五輪が開催された1968年前後に人気のピークを迎えた[1]。定義について漫画評論家の米澤嘉博は『戦後史大事典』の中で次のように記している。

スポーツの世界で根性と努力によってライバルに打ち勝っていく主人公のドラマ — 『戦後史大事典』[2]

これに対し漫画編集者の南信長は「等身大の主人公が根性と努力で勝利を目指す」ものを正統的なスポ根としているが[3]、漫画評論家で編集者の村上知彦らは「特訓の成果として編み出す必殺技」の要素[1][4]や「努力型主人公と天才型ライバルの対比」の要素[1][4]を加え次のように記している。

努力型の主人公が血のにじむ特訓を重ね超人的な必殺技を編み出し天才型のライバルに勝利するといった図式化されたストーリー。 — 『大衆文化事典』[1]

主人公が努力と根性でひたむきに競技に取り組み、特訓を重ね、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて成長を遂げてライバルとの勝負に打ち勝っていくのだが[5][6]、主人公が背負った苦労を強調させるために、スポーツ選手としての天性の素質を持ち容易く主人公を打ち破ることが出来るライバルの存在は必須であり[6]貧困層出身の主人公に対し富裕層出身のライバル、といった対比構図も盛り込まれた[6][7]。こうした弱者が強者に努力と根性で立ち向かうストーリー構成は高度成長期に一般大衆が抱いていた「欧米諸国に追いつき追い越せ」という価値観と一致するものであり[1][5]、当時の読者に支持された[1]。なお、教育評論家の斎藤次郎は「スポーツの世界に生きるヒーローの世界をそれぞれの固有の面白さで味つけした程度なら単に『スポーツもの』で、『スポ根』となると悲劇的なまでに苦行が描かれなければならない」としている[8]

広義のスポ根とは、実際の選手が一つのスポーツに真剣に取り組み努力を重ねる行為そのものを指す場合や[9]、「主人公がスポーツの勝負を通じて技術的・精神的に成長する姿を描いたビルドゥングスロマン[10]」、「友情・努力・勝利[11]」(週刊少年ジャンプのテーマでもある)、「スポーツに熱中して取り組む青春物語[12]」を扱ったフィクション作品とされるなど多様である。なかには、思考能力を競うマインドスポーツを扱った作品や[13][14]、スポーツの範疇を超えて競技志向の強い文化系部活動を扱った作品を「スポ根」として紹介する例や[15]、「スポ根風青春コメディ」「スポ根コメディ」などの言葉で紹介されている例もあるが[16][17]、本記事では狭義のスポ根作品について紹介する。

背景

根性」とは元々は仏教用語で「その人が生まれながらに持ち合わせる性質」を意味する言葉だが[18]、日本のスポーツ界において「困難な状況にあっても屈することなく物事をやり通す意思や精神力」を意味する言葉として用いられてきた[19]。肯定的な用法には「根性で勝ち取った」、否定的な用法には「根性が足りない」「根性を鍛えなおす」などがある[20]

日本には明治時代から欧米発祥の様々なスポーツが輸入されてきたが社会的交流の手段としての側面に関心は払われず、技術向上と勝利の追求のみに関心が払われた[21]。それらを実現するための指導法と強化体制の確立が重視されてきたが[21]、その中で登場したのが「根性」という言葉だった。精神に訴えかける言葉自体は第二次世界大戦後に非科学的として敬遠されていたが[22]1964年に行われた東京オリンピックにおいてバレーボール全日本女子を率いた大松博文やレスリング日本代表を率いた八田一朗が精神論を前面に出した厳格な練習方法を導入して成果を挙げた[22][23]。大松や八田の影響により厳しさに耐え抜き努力する姿勢を尊ぶ風潮が生まれ、スポーツ界のみならず一般社会においても「根性」という言葉が普及するに至った[22]

一方、「根性」という言葉は時には競技に関わる上での動機づけ、厳しい練習に耐えうる忍耐力、試合に挑む上での集中力の意味で用いられるなど抽象的かつ多義的なものであった[20][24]。スポーツ分野において精神的要素は不可欠なもので競技のレベルが高くなるほど勝敗や記録に影響を及ぼす傾向があるものの十分な科学的検証がなされてこなかったが[24]1990年代頃から選手が競技の場において最高の状態で能力を発揮するための自己管理を目的としたメンタルトレーニングの研究開発が行われている[24]

歴史

前史

太平洋戦争後、連合軍総司令部 (GHQ) の指示により武道教育や時代劇映画は禁止されていたが[25]1951年サンフランシスコ講和条約の締結以降に相次いで解禁されると、漫画の世界でも武道を描いた作品が登場し[25]1952年から1954年にかけて柔道漫画『イガグリくん[26]福井英一)が『冒険王』で連載された[27]。この作品は講談や時代劇などで描かれてきた伝統的な日本人的心情に則ったもので[25]、柔道だけでなく異種格闘技戦の要素も含んだ作風は熱血スポーツ漫画のルーツとも呼ばれ、後の作品群に影響を与えることになった[27][28]

『イガグリくん』のキャラクター設定や必殺技を擁した対決シーンは、1958年から『おもしろブック』で連載された貝塚ひろしの野球漫画『くりくり投手』へと引き継がれ、これ以降のスポーツ漫画における定石となった[28]。『くりくり投手』では『イガグリくん』の手法を更に極端化し、必殺技を身に付けるための過激な特訓の描写も登場した[29]1961年から1962年にかけて『週刊少年マガジン』では福本和也原作・ちばてつや作画による野球漫画『ちかいの魔球』が連載された。この作品は実在のプロ野球の世界と必殺技の要素を併せた内容となり[30]、後に同誌でやはり福本作・一峰大二作画で連載された『黒い秘密兵器』や、梶原一騎の『巨人の星』へと踏襲された[30]

一方で、熱血スポーツ漫画からスポ根漫画への流れとは別に、井上一雄の野球漫画『バット君[31]寺田ヒロオの野球漫画『スポーツマン金太郎』などの爽やかな作風のスポーツ漫画が存在した[32]。こうした作品に代わって熱血ものが発展した経緯について漫画評論家竹内オサム1950年代に始まったテレビ放送の影響を挙げている[32]。竹内によれば、テレビで扱われたプロ野球や大相撲プロレスの実況放送を通じて大衆の間で「するスポーツ」ではなく「観るスポーツ」が支持を得たことの影響により漫画の世界もエンターテインメント性を強めたという[32]。また、この時代には漫画では新しい表現形式の劇画が生み出されており[33]、劇画の写実的かつ動的な手法が後のスポ根作品において取り扱われたことで作品に現実味を与えることに貢献した[34][35]

誕生と発展

「スポ根」の誕生には吉川英治の小説『宮本武蔵』が影響を与えている。図は歌川国芳作『報讐忠孝伝 宮本武蔵』。
巨人の星』の原作者である梶原一騎は構想にあたり、小説『モンテ・クリスト伯』の悲劇性を意図したという。

一般的に「スポ根」の発祥となった作品や元祖と呼ばれる作品は『週刊少年マガジン』で1965年から1971年にかけて連載された『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)である[1][36][37]。この作品は1930年代に人気を獲得した吉川英治の小説『宮本武蔵』のような、一つの道を究めライバルとの対決に打ち勝っていく人物を主人公とする構想をもつ編集部と[38]アレクサンドル・デュマ・ペールの小説『モンテ・クリスト伯』のような悲劇的な運命を背負った人物を主人公とする構想を持つ梶原とが結びついたことにより誕生した[38]。これらの要素に1960年代に社会問題となっていた苛烈な受験競争を後押しする教育ママの存在を反映し[39]、人間教育には父親の存在は欠かせないものとし、「教育ママに対するアンチテーゼ」として父権的なキャラクターを登場させ、主人公・星飛雄馬と父・星一徹の戦いと葛藤が物語の軸となった[39]

この作品は「一般社会に普遍化できる生き方の見本として、栄光を目指して試練を根性で耐え抜く姿を野球の世界を借りて描いたもの」とも言われ[8]、作画を担当した川崎の発案による過剰な表現手法や、原作を担当した梶原による大仰な台詞まわしは当時から批判の声もあったが[40]、作品自体は徐々に人気を高め『週刊少年マガジン』の部数を100万部に押し上げた[40]

梶原は、その後も柔道を題材とした『柔道一直線』(作画:永島慎二斎藤ゆずる)、プロレスを題材とした『タイガーマスク』(作画:辻なおき)、ボクシングを題材とした『あしたのジョー』(作画:ちばてつや)の原作を務めたが人生論的な要素が強い『巨人の星』とは異なる趣向を取り入れた[41]。梶原の自伝によれば『柔道一直線』では技と技の応酬といったエンターテインメント性に焦点を当てる一方で立ち技優先の傾向があった当時の日本柔道界へのアンチテーゼを[41]、『タイガーマスク』では往年の『黄金バット』のプロレス版を標榜し善と悪の二面性のあるヒーローを[41]、『あしたのジョー』では『巨人の星』の主人公・星飛雄馬のような模範的な人物へのアンチテーゼとして野性的な不良少年・矢吹丈を主人公としアウトローぶりを意図したという[41]

また「スポ根」の手法は少女漫画にも伝播したが、このことは従来、品行方正で内向的な傾向の強かった少女漫画の作品世界に競争の原理を導入したと評される[42][43]バレーボールを題材とした『アタックNo.1』(浦野千賀子)や『サインはV』(原作:神保史郎、作画:望月あきら)では少年誌さながらの必殺技の応酬や根性的な特訓が描かれると共に、恋や友情や家庭の問題、思春期の悩みといった少女漫画の主要テーマが盛り込まれた[43][44]。一方、漫画評論家の米澤嘉博は「スポーツものとは、ある意味で肉体のドラマ」とした上で「スタイル画ではない、動きや肉体を感じさせる『絵』を持たなければ、表現できないジャンル。肉体性を脱け落とした形では表現できなかっただろう」と評している[43]

これらの作品は「スポ根」の代表的作品と評価されており[1]、人気作品は1969年前後に次々とアニメ化やテレビドラマ化された[45]

沈静化

1973年オイルショックを契機に高度成長から安定成長期へと移行し、人々の関心は経済的安定や社会的上昇から個々の内面的な充足や多様な価値観を求める志向へと変化すると[7][46]、漫画の世界もそれと並行して日常生活の機微を反映したものへと移行した[7]

1972年から1981年にかけて連載された野球漫画『ドカベン』(水島新司)では、ライバル同士の対決を描きつつも社会階層の対立軸や根性的要素は薄れ[7]、「秘打」と呼ばれる必殺技の要素を残しつつも「魔球」の描写は排除し[47]、現実的な試合展開と個性的な登場人物による人間ドラマが描かれた[48][49]。また、同時期に連載されたちばあきおの野球漫画『キャプテン』や『プレイボール』では根性や努力といった要素を残しつつも魔球などの空想的な要素を排除し[50]、等身大の登場人物たちが部活動に打ち込む姿に焦点を当てた[50][51]

スポ根からの脱却の動きは少女誌でも起こり、1973年から1980年にかけて連載された山本鈴美香のテニス漫画『エースをねらえ!』や、1971年から1975年にかけて連載された山岸凉子のバレエ漫画『アラベスク』では、作品序盤は旧来的な主人公とライバルとの対比構図や精神主義といった要素を残していたが、作品が進行するに従ってそれらの枠組みから脱却し登場人物たちが自立し成長する物語へと転化した[1][52]

スポ根における特徴の一つだった魔球や必殺技の要素は1972年から1976年にかけて連載された野球漫画『アストロ球団』(原作:遠崎史朗、作画:中島徳博)においていっそう過激化し[53]、作品終盤では超人選手によって次々に生み出された「必殺技」により多数の死傷者を生み出す、デスマッチの場と化した[54]。評論家の竹熊健太郎は「『巨人の星』が貧困の克服(高度経済成長)を背景にした1960年代の神話とすれば、この作品は社会が安定し『貧困』という動機づけを喪失した1970年代の神話である」としている[55]。一方、『ドカベン』の作者である水島は野球漫画『野球狂の詩』の中で魔球を存在ではなく情報として扱い[56]、魔球という言葉により相手に精神的重圧を与える、試合における「駆け引き」の道具として描くことによって「魔球」を否定した[56]。これらの作品によってスポ根の特徴だった荒唐無稽な要素は退潮し[57]、スポーツ漫画は現実的な作風へと転換していった[56]

テレビドラマ

テレビドラマとして「スポ根」が扱われた背景には東京オリンピックでのバレーボール全日本女子の活躍が影響を与えている。写真は1964年10月23日に行われたソビエト連邦戦。

スポ根漫画の誕生と前後して日本テレビ系列では、東宝とテアトル・プロの共同制作による、ラグビーやサッカーといった集団スポーツを通じた教師と生徒たちの交流を描いた『青春とはなんだ』『これが青春だ』『でっかい青春』などの“青春学園シリーズ”が放送された[1]。この背景には、1964年に行われた東京オリンピックにおいてバレーボール全日本女子を優勝に導いた大松博文の影響があるとされている[1]

1960年代後半から1970年代初頭にかけてスポ根漫画を原作としたテレビドラマが登場し、TBS系列で放送された柔道を題材とした『柔道一直線』やバレーボールを題材とした『サインはV』や水泳を題材とした『金メダルへのターン!』などが人気作品となるなどのスポ根番組ブームとなった[45]。その中で、『サインはV』は原作と同様に特訓による根性的要素が描かれたが、番組収録時には出演者に対して長時間に渡る練習を課しリハーサルを経て消耗し切った所で撮影に挑んだという[58]

日本国内でスポ根番組ブームが終息していた1970年代後半にテレビ朝日系列でバレーボールを題材とした『燃えろアタック』(原作:石ノ森章太郎)が放送された。スポ根の要素を前面に出したこの作品は後に中華人民共和国でも放送され人気を獲得した[59]

1985年から1986年にTBS系列でラグビーを題材とした『スクール☆ウォーズ』が放送された。元ラグビー日本代表山口良治が赴任した高校の弱小ラグビー部を就任から7年で全国優勝に導いた実話を基に脚色した作品で[60]、放送当時すでにスポ根的手法は「時代遅れ」という評価もあったが[61]、いわゆる大映ドラマの特徴でもある過剰な演出や台詞回しにより、当時の学生たちの人気を獲得した[61]1990年には主人公・滝沢賢治の6年後の姿を描いた続編『スクール☆ウォーズ2』が放送されたが、全16話で終了した[62]

テレビアニメ

スポ根作品のアニメ化に際しては、さまざまな表現手法や演出法が開発され、後の作品群に影響を与えた。図はアニメ版『あしたのジョー』の一コマ。

漫画やドラマにおけるスポ根人気と東京オリンピック開催の影響もありアニメの世界でもスポ根が扱われることになった[63]。その最初の作品として既に原作の漫画が人気を獲得していた『巨人の星』のアニメ版が企画されたが、当時のアニメ作品で描かれていた登場人物のキャラクターデザインの多くはデフォルメされたものであり劇画調の登場人物を取り扱った経験が不足していたことから「『巨人の星』のアニメ化は不可能」「アニメ化には相応しくない」と評されていた[64]

『巨人の星』では原作と同様に過剰な表現が多用されたが、これは監督を務めた長浜忠夫が「演劇において役者が演じる大仰な演技」そのものをアニメの世界にも求めたためであり[65]、長浜自身は「オーバーリアリズム」と称していた[66]。また『タイガーマスク』では劇画の荒々しい描線を表現するためにトレスマシンという手法が導入され[67]、『あしたのジョー』では監督の出崎統によって当時としては実験的な「止め絵」などの表現手法や演出法の研究が行われた[68]。こうした手法はスポ根アニメ全体でも用いられた[63]だけでなくスポーツ以外の分野でも用いられるなど[65][69]、日本アニメの技術の進歩に貢献した[63][67]

アニメ作品は漫画作品に比べて進行が速く漫画の連載状況に容易に追いついてしまうことからオリジナルの登場人物やエピソードが新たに追加された[70]。こうした事情について『あしたのジョー』の作画を担当した漫画家のちばてつやは「自分の手元から離れた世界。親元から離れた子供のように向うの世界で良い人生を送れたらいいと割りきっていた」と証言しているが[70]、反対にアニメの演出が自身の連載作品に影響を与えることもあったという[70]

1968年から1971年にかけて放送された『巨人の星』では原作に倣った展開だけでなく主人公・星飛雄馬の姉・明子に焦点を当てたエピソードや[71]沢村栄治などの実在選手のエピソードが挿入され[71][72]、最終話のラストシーンでは原作の「飛雄馬が教会の屋根に掲げられた十字架の影を背負いながら一人で去る」といった悲愴な描写から「星親子が和解して息子が父親に背負われながら球場を去る」といった温かみのある描写へと刷新されている[73][74]

1969年から1971年にかけて放送された『タイガーマスク』でも原作を追い越した際のオリジナルストーリーが追加されたほか原作とは異なる結末が描かれている[75]。また、主人公・伊達直人を支える人物として吉川英治の小説『宮本武蔵』における沢庵和尚をイメージした師匠の嵐虎之介や[75]虎の穴時代からの親友である大門大吾、弟分の高岡拳太郎といった登場人物が新たに創作され準レギュラーとなった[75]

1970年から1971年にかけて放送された『あしたのジョー』は好評を得ながらも漫画の連載状況に追いついたため途中のエピソードで終了したが[68]1980年から1981年にかけて放送された続編の『あしたのジョー2』ではライバル・力石徹の死後から最終話までのエピソードが描かれた[76]

ギャグ化による衰退

「スポ根」漫画の全盛期である1960年代には多くの読者の支持を得たが[77]、その一方で精神主義や芝居がかった演出には当時から批判的な意見があった[77][78]。1975年から1978年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)や、1977年から1980年にかけて『週刊少年ジャンプ』で連載された野球漫画『すすめ!!パイレーツ』(江口寿史)では、そうした批判的視点を背景に従来のスポーツ漫画にギャグ漫画の要素を取り入れ、スポ根的な価値観を風刺した[77][78]1980年代に入ると、「直向きさ」「努力」「根性」といった価値観は格好の悪いもの、ダサいものとして見做されるようになっていたが[79]1984年に少女誌の『花とゆめ』で連載された野球漫画『甲子園の空に笑え!』(川原泉)では、かつてのスポ根漫画における「感動のあまり涙を流す」「男同士による抱擁」といった友情や絆を表す表現を「交感神経の異常」と冷めた視点でとらえ[80]、努力や根性とは無縁の脱力的で寓話的な雰囲気のまま大会を勝ち上がる姿が描かれた[81]

かつて一般大衆の価値観を反映したといわれたスポ根は、1970年代末から勃興したギャグ化の流れにより嘲笑の対象となり、ジャンルとしての「スポ根」を衰退させる結果となった[2]

終焉

1980年代以降、それまでの過酷な特訓や努力の描写に代わり、爽やかさや友情を謳いあげる作品が台頭した。写真は『キャプテン翼』の銅像。

1981年から『週刊少年サンデー』で連載された野球漫画『タッチ』(あだち充)は、スポーツ漫画および少年漫画の世界に少女漫画的な手法を導入した作品と評される[82][83]。この作品は、登場人物間の三角関係や野球についての深刻な局面において、明るさや軽妙さを挟むことで敬遠させる「間を外す」手法が特徴的であるが[84]、最終話では、主人公・上杉達也に対してライバル・新田明男が新しいステージでの再戦を示唆したのに対して、上杉に「もういいよ、疲れるから」と拒否する言葉を語らせている[85]。漫画コラムニストの夏目房之介1991年に出版した『消えた魔球-熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』の中でこの場面を採り上げ「この一言で熱血スポーツものはコケた」と評し[85]、一連の流れの終焉を見ている[86]

同じく1981年から『週刊少年ジャンプ』で連載されたサッカー漫画『キャプテン翼』(高橋陽一)では、従来の「スポ根」の構造を逆転させ、天才型の主人公が根性や努力に支えられた精神主義を基盤とするライバル達と対峙し打ち破っていく作品となった[87]。この作品では努力や特訓の成果ではなく「サッカーの楽しさ」「自由な発想」が勝敗を決定する価値基準となり[87]、天才型主人公の大空翼の壁を越えられずに葛藤する努力型ライバルの日向小次郎に特訓の成果ではなく「自由な発想」という作品内の価値基準に気付かせることで、追いつかせる描写がなされた[87]小谷憲一は『テニスボーイ』(週刊少年ジャンプ、1979年-1982年)の最終エピソードで、主人公・飛鷹翔に勝利のための秘訣として「“Enjoy tennis”(テニスを楽しめ)さ!」と言わせている(初期は非現実的なトレーニング法やスーパーショットを描くなど、やはりスポ根路線だった)。

1970年代後半から続くギャグ化[5]、根性の要素を打ち消した爽やかな作品群の登場[5]、数々のスポ根作品を生み出した梶原一騎の傷害事件とスキャンダルによる漫画界からの撤退[5]安定成長期に生まれ育った読者層との価値観の断絶[5]、スポーツ界での伝統的な指導法に代わる科学的理論に基づいた指導法の研究開発[5]、などといった社会情勢の変化により「スポ根」というジャンルは終息した[5]

2000年代以降の状況

その後も、競技そのものの魅力を伝える作品、競技をとりまく登場人物の日常や個々の内面を描く作品などといったスポーツ漫画の傾向は続いている[88]。より日常生活に立脚した作品が主流となり、貧富の格差による対立軸に基づく上昇志向や、それを実現させるための過度の根性や努力といった要素が描かれることは少ない[88][89]

2003年から『月刊アフタヌーン』で連載されている野球漫画『おおきく振りかぶって』(ひぐちアサ)はスポーツ漫画の世界にはじめて関係主義を全面的に導入した作品と評されているが[90]、才能や努力よりも先に他者との関係性が第一にありチームメイト同士や周囲を取り巻く人々の細やかな日常や心理描写が描かれた[90]精神科医斎藤環は『おおきく振りかぶって』以降に登場した作品のひとつで、2006年から『イブニング』で連載されているバレーボール漫画『少女ファイト』(日本橋ヨヲコ)の傾向について「『スポ根』とは別の意味での、きわめて勁い精神性が存在する。それはまず何より『他者への配慮』という形で現れる」と評し、かつてのスポ根における精神性と明確に区別している[90]。また、多くの野球漫画を発表している三田紀房は「今の読者にかつてのスポ根の情念は通じない」と明言し、自身の作品『砂の栄冠』では「多くの人々の支えで主人公が才能を開花させる。他者とのコミュニケーションと関係性を描いた上で感動をもたらしたい」と語っている[89]

一方、1990年代後半から少年漫画の世界では機転や才能を伴った作品が主流となっているが、スポーツ漫画においても努力自体が勝敗を決するのではなく、機転や才能を伴ってはじめて効果を発揮するものとして描かれる傾向があるという[91]。精神科医の熊代亨はその代表例として、2007年から『週刊少年マガジン』で連載されているテニス漫画『ベイビーステップ』(勝木光)を挙げているが、この作品では主人公が「努力を効率化させる才能」を持つ人物として描かれるなど、努力の位置づけが従来のスポ根とは異なっている[91]。そのため、熊代は機転や才能に裏付けられたものでない愚直な努力のみでは、成長なき格差社会の下で育った読者には説得力を持ち得なくなっていると指摘している[91]。こうした傾向について精神科医の斎藤環は「これまでの反動なのか、努力の新しい捉え方が広がりつつある。努力に代わる言葉として宿命論や精神論とほど遠い言葉にすれば受け入れやすいのか」としている[91]

特徴

必殺技の開発

スポ根作品において血のにじむ様な特訓や、その結果として編み出される必殺技や魔球の存在は欠かすことが出来ないが完成に至るまでの過程は様々である。スポ根成立以前のスポーツ漫画では必殺技や魔球は主に忍者を出自に持つ競技者が取扱う忍術として描かれ、競技者はそれらの能力を当然のように身に付けているため開発の経緯も定かではなかったが[92]、後のスポ根作品群では特訓の成果として編み出されることが一般化した[92]。漫画コラムニストの夏目房之介はスポ根作品と必殺技や魔球の関係性をカレーライス福神漬に例えているが、本格的なスポーツ漫画を標榜すれば必殺技や魔球の存在は作品を台無しにするとも指摘している[92]

偶然型
無意識のうちに必殺技を編み出すスタイル。本人に自覚がなく理論的裏付けがない[92]
理論型
ある理論に基づきそれを具現化するために特訓を行うスタイル。必殺技を編み出すために山などに籠り極限状態に至るまで特訓を試みる[92]。特に梶原一騎の作品では競技の勝敗以上に必殺技の開発と自己の修練に重点が置かれ[8][93]、必殺技を生み出すための理論、対戦相手の必殺技に対抗するための理論を事細かく構築する傾向が強い[93]。ただし、その理論が現実の競技の特性に沿わない場合や[93]限度を超えて身体を酷使し精神を抑圧するなど狂信的な手段に訴える場合がある[94]
指導者教示型
指導者の教示の下で必殺技を編み出すスタイル。即時の習得が可能なものから特訓を必要とするものまで難易度は様々であり、実戦の中で編み出す場合もある[92]
特訓中の偶然型
「理論型」特訓の最中に発生した突発的な事象により必殺技を編み出すスタイル[92]

なお、1970年代後期にはボクシング漫画『リングにかけろ』(車田正美)のように理論構築、必殺技の開発、自己の修練などの過程を省略し勝利という結果のみを誇張して伝える作品が登場した[95]

過度のトレーニング

スポーツには日常における身体活動よりも大きな負荷のかかる運動を行うことによって効果が得られるという原則があるが[96]スポ根作品では選手が技術の向上や弱点克服のために特殊アイテムを使い筋力トレーニングに取り組む姿や長時間におよんで練習に取り組む姿が描かれている。

  • バレーボール漫画『サインはV』では朝丘ユミが跳躍力不足という弱点を克服するために練習中に入りの「ブラックシューズ」を装着する場面や[97]、朝丘のライバル・椿麻里が筋力増強と反応速度の向上のために「ブラックシューズ」に加え目隠しをした状態で両手両足と腰にバネを装着し秘密練習に挑む場面が描かれている[98]
  • 野球漫画『巨人の星』では主人公・星飛雄馬が筋力増強のために「大リーグ養成ギプス」を日常生活においても装着する場面や[99][100]、少年時代に毎晩のように父の星一徹から「千本ノック」を受ける場面が描かれている[101]
  • 野球漫画『キャプテン』では谷口、丸井、イガラシといった歴代のキャプテンの下で強豪校との試合や大会前には学業を挟んで早朝から深夜まで長時間におよんで練習に取り組む姿が[102]、丸井キャプテンの代には1日に3試合の日程で12日間に全国大会出場の9校を含む36校と練習試合を行う姿が描かれている[102]

こうしたトレーニングを現実に行った場合には様々な問題が発生する可能性がある[注 1][注 2]アスレティックトレーナー立花龍司はスポ根作品内で描かれている過度の筋力トレーニング、1日間に複数の試合への出場、試合後の居残り練習などといった指導法は少年期の選手を指導する上では不必要であり[105]、例えば野球投手であれば投球数を制限するなどの配慮がなされるべきであると指摘している[105]

鬼コーチの存在

スポ根作品では登場人物を育成するために過酷なトレーニングを課す指導者の姿が描かれている。代表例としては『巨人の星』の星一徹[106]、『柔道一直線』の車周作[107]、『サインはV』の牧圭介[108]、『エースをねらえ!』の宗方仁[109]などが挙げられるが、彼らはしばしば「[107][108]」「鬼コーチ[109]」と形容される。

鬼コーチの指導について2013年3月13日付けの『朝日新聞』は指導者への絶対服従というスポーツ観が社会全体に行き渡っていたことを反映したものとした上で、「スポ根ものでは、しごき、カリスマ的指導者、鉄拳制裁がいわば三種の神器であり、読者にカタルシスを与える道具だった」と評しているが[89]、漫画評論家の紙屋高雪は「肉体の酷使はあっても体罰をスポ根の必要条件と見做すのは無理がある」と指摘している[15]。中でも『巨人の星』の星一徹については「激高し卓袱台をひっくり返す」「竹刀で叩く」といった狂信的な指導者としてのイメージが定着しているが[110]、こうした「卓袱台返し」「竹刀での制裁」といった行為は原作漫画においては全く描かれておらず[111]テレビアニメでの過剰な演出によって視聴者に狂信的なイメージが固定化したのではないかと指摘されている[111][注 3]

影響

社会的影響

日本国内のスポーツ競技の集団主義精神主義といった事情とスポ根を結びつける指摘があり[1][114]、スポ根作品がそうした価値観を推奨した影響により学生スポーツにおいて過度の練習や体罰を後押しする結果となった、と見る風潮が生まれた[5]

例えば1960年代から1970年代当時、部活動などの現場ではウサギ跳びやアヒル歩きのような半月板膝関節に負担が掛かる[115]ばかりで実質的な効果の少ない運動法が推奨されていたが[116]、これらは運動生理学を知らない指導者達が漫画やドラマの影響を受けて部員に対して課したものだとする指摘がある[117]。また、スポ根ブームの渦中にあった1970年に学校の部活動において練習中の事故や、退部を申し出た生徒が部員から暴行を受けるなどの事件が多発したが[118]、そのうちの東京都の中学校でバスケットボール部に所属する1年生の女子生徒が部員から暴行を受けて重傷を負った事件について、スポ根の影響とする報道がなされた[119]。また、日本人のスポーツに対する「きつい」「つらい」などといった否定的なイメージ構築にスポ根作品が影響している、とする指摘もある[120]

一方、日本国内のスポーツ競技における集団主義や精神主義は明治時代に政府がスポーツを奨励したことを契機に各学校内に体育会が組織された当時からの伝統であり[114]、スポ根作品が支持を得た1960年から1970年代当時の日本のスポーツ界では集団主義や精神主義を基盤とした厳しい指導が常態化していた[5]。こうした経緯から、当時の漫画編集者の一人は「是非はともかく、スポ根の全盛期はどこの部活動やプロ競技でもしごきや体罰が蔓延していた。そうした世相が描写に反映された」と評している[5]。また東京女子体育大学教授の阿江美恵子は「しごきや体罰によって結果を出した選手は現実には一定数いる。そうした選手が指導者側となって自ら経験した指導法を再生産した側面はある。しかし、それは漫画の影響というより、成果を意識したプレッシャーや指導者の能力不足に起因する」と指摘している[5]

1980年代以降、科学的な分析に基づく効率的なトレーニング方法の導入によりスポーツ界の内情も変化を遂げているが[5]、一部の現場では「しごき」の強要といった古典的な指導法が残されている[121]。2013年5月、文部科学省の有識者会議は大阪市立桜宮高等学校のバスケットボール部員が指導者から体罰を受けたことを苦に自殺した事件を受けて、部活動中において指導者が部員に対して過度な肉体的、精神的負荷を与える行為を禁止するガイドラインを示した[122][123]。このガイドラインについて『スポーツニッポン』紙は「往年の『巨人の星』のような限度を超えたスポ根ヒーローの出現は難しくなった」と報じた[122]

文化的影響

手塚治虫
漫画家の手塚治虫は生涯に渡って様々な題材の漫画作品を発表したが、スポーツや格闘技の世界を描くことはなかった[124][125]。その背景には熱血スポーツものの源流となった福井英一への対抗心や[126]、庶民的で大衆娯楽的な価値観への忌避感があったと言われる[124]
手塚は1960年代後半のスポ根ブームの際、室町時代を舞台とした作品『どろろ』の中で父親の権威欲のために生まれながらに身体的なハンデを背負う百鬼丸という主人公を描いたが、社会学者の桜井哲夫は百鬼丸の設定はスポ根の代表的作品である『巨人の星』に対する作品に仮託した批判であると指摘している[125]。また、この時期を境に父権的な価値観に反する登場人物を描く傾向が強まったともいう[125]
料理・グルメ漫画
料理・グルメ漫画における「公開の場での料理対決やその模様を実況中継という形で解説する」といった手法は従来の野球漫画から伝播したもので[127]、1970年代に『週刊少年ジャンプ』で連載された『包丁人味平』(原作:牛次郎、作画:ビッグ錠)などで導入された後、1990年代に料理人同士の対決を扱ったバラエティテレビ番組『料理の鉄人』に受け継がれた[127]
また、スポ根における「問題を解消するために特訓を繰り返し、その成果として必殺技を生み出す」といった手法も実況中継の手法に続いて伝播した[128]。「魔球」や「必殺技」の要素は「アイデア料理」「アイデア料理法」へと形を変え1980年代に『月刊少年マガジン』で連載された『スーパーくいしん坊』(原作:牛次郎、作画:ビッグ錠)や、『週刊少年マガジン』で連載された『ミスター味っ子』(寺沢大介)などの作品に受け継がれた[128]
特撮
東映制作の特撮番組ではスポ根の影響を受け『タイガーマスク』のような子供の変身願望を満たす仮面ヒーロー作品を企画し[129]1971年から1973年にかけて毎日放送NET系列で『仮面ライダー』が放送された。この作品では優れた身体能力を有する主人公・本郷猛が国際的秘密組織・ショッカーに改造手術を受けたことにより人間離れした能力を手にし、未知の能力を引き出す手段として特訓に挑む姿が描かれた[130]。作品自体はスポ根ものだけでなく既存の怪獣ものや妖怪ものの要素を取り入れたもので、以降の仮面ライダーシリーズにおいても視聴者層の少年達が好む様々な要素が取り入れられた[131]
円谷プロダクション制作の特撮番組でも1970年代当時の「スポ根ブーム」の影響を受けて、1971年から1972年にTBS系列で放送された『帰ってきたウルトラマン』の第4話では主人公・郷秀樹が特訓の末に新必殺技を生み出し敵怪獣の弱点を突いて勝利する場面が描かれた[132]。また、1974年から1975年に放送された『ウルトラマンレオ』ではスポ根的な手法が定番となり、主人公・おゝとりゲンが特訓を重ねて必殺技を身に付けると共に精神的に成長する姿が描かれたが[132]、鬼コーチ役のモロボシ・ダンから課せられる「ブレーキの利きが甘いジープに追いかけられる」などの過酷な特訓シーンは語り草となっている[133]
音楽・演劇もの
スポーツと芸能界という舞台は一見すると接点はないが、大舞台での熾烈な主導権争いや、ライバルとの競争に勝ち抜くために努力という代価が支払われる、といった競争原理において相通ずるといわれる[134]。アニメでは、スポ根における「困難な環境にあっても屈することなく這い上がる」要素を全面に取り入れ薄幸の少女が歌手として成功するまでを描いた「音楽根性もの」が企画され1971年に『さすらいの太陽』が放送された[135]。この作品は音楽アニメの先駆けとなった作品とされており[136]、日本では全26話で打ち切りとなったがフランスイタリアで人気を獲得した[135]。その後、音楽や芸能界を扱ったアニメ作品は様々な変遷を遂げるが、同作品が打ち出した様々な試練や悲劇性を前面に出したストーリー展開は、サクセスストーリーを描く上で欠かせないものとして定型化した[137]
少女漫画では1976年から演劇を題材とした『ガラスの仮面』(美内すずえ)が連載されているが、少女の夢と魅力を中心に描きながらも、スポ根作品の物語構造や人物設定を取り入れ換骨奪胎した作品と評されている[138]
戦闘美少女
フィクション作品におけるキャラクター類型として戦闘美少女という表現手法があるが[139]、『アタックNo.1』をはじめとした女子競技を扱ったスポ根作品において登場人物が健気や可愛らしさといった「少女らしさ」を犠牲にすることなく戦う姿を描いたことで「戦闘美少女」という表現の可能性を広げることになったと評されている[139]。戦闘美少女を扱った作品で1988年ガイナックスにより『トップをねらえ!』というSFロボットアニメが制作されたが、美少女巨大ロボット・スポ根という3つの要素を組み合わせた作品となった[140]
ギャグ漫画
1970年代後半に入りスポ根におけるシリアスな展開、芝居がかった演出、精神主義は野球漫画『1・2のアッホ!!』(コンタロウ)や『すすめ!!パイレーツ』(江口寿史)などの作品により笑いの対象となったが[77]、漫画家の島本和彦はデビュー作となった学園漫画『炎の転校生』において、根性を冷笑的にとらえるのではなくリスペクトを踏まえつつ過剰に描き込んだ[141][142]。その後、島本は『逆境ナイン』や『燃えよペン』などの作品で読者に笑いと熱気の双方を提供する「熱血ギャグ」の作風を確立している[141]
2010年代の状況
2010年代に入り、オタク系コンテンツでは従来の空気系に代わり、学園を舞台にスポ根的な要素を取り入れた『ラブライブ!』や『ガールズ&パンツァー』などの作品が支持を集めている[143][144]。評論家のさやわかは『ラブライブ!』について「これまでの萌え要素に加え、登場人物達が努力する姿を応援するものとして発展したことで、従来とは異なるファン層を獲得することに成功した」と評している[143]

主な作品

作品名 種目 連載期間 ドラマ化 アニメ化 出典
赤き血のイレブン サッカー 1970-1971 - 1970-1971 [1][5]
あしたのジョー ボクシング 1968-1973 - 1970-1971 他 [1][5]
アストロ球団 野球 1972-1976 2005 - [5]
アタックNo.1 バレーボール 1968-1970 2005 1969-1971 [1][4][5]
アニマル1 レスリング 1967-1968 - 1968 [145]
美しきチャレンジャー ボウリング 1971 1971 - [132]
エースをねらえ! テニス 1973-1980 2004 1973-1974 他 [1][5]
男どアホウ甲子園 野球 1970-1975 - 1970-1971 [145]
空手バカ一代 空手 1971-1977 - 1973-1974 [5][114]
キックの鬼 キックボクシング 1969-1971 - 1970-1971 [1]
巨人の星 野球 1966-1971 - 1968-1971 他 [1][2][5]
金メダルへのターン! 水泳 1969-1970 1970-1971 - [1][4]
くたばれ!!涙くん サッカー 1969-1970 - - [4]
コートにかける青春
スマッシュをきめろ!
テニス 1969 1971-1972 - [4]
サインはV バレーボール 1968-1970 1969-1970 他 - [1][4][5]
侍ジャイアンツ 野球 1971-1974 - 1973-1974 [5]
柔道一直線 柔道 1967-1971 1969-1971 - [1][4]
柔道讃歌 柔道 1972-1975 - 1974 [146]
タイガーマスク プロレス 1968-1971 - 1969-1971 [1][5]
ビバ!バレーボール バレーボール 1968-1971 - - [147]

脚注

注釈

  1. ^ 「ブラックシューズ」「ブラックシューズ、両手両足と腰にバネ」「大リーグ養成ギプス」のような筋力トレーニングによって、ボディビルのような強固な筋肉を身につけたとしても技術向上には結びつかないことが指摘されている[100][103]。また「千本ノック」のような反復練習に関しては初心者が技術を習得する上では有効であり[104]、繰り返し行うことで基礎技術の習得が可能となるが[101][104]、目的意識もなく漠然と反復練習を繰り返せばフォームが固定化されてしまい想定外の事態に対応できなくなる恐れがある[101]
  2. ^ 大きな負荷のかかる運動が続き疲労状態にあるのにも関わらずトレーニングを継続し、なおかつ栄養補給や休養が不十分な場合には「集中力記憶力の低下」「不眠症」「食欲低下」「心拍数血圧の上昇」などといった症状の「オーバートレーニング症候群」を発症する恐れがある[96]。「オーバートレーニング症候群」を発症した場合には競技成績や練習効果は低下し、重症の場合には休養期間が長期間に延び競技への復帰が困難となる恐れもある[96]
  3. ^ 現実に鬼コーチの管理下で規則正しい生活を行いつつ高度な肉体的・精神的トレーニングを受けた場合、軍隊における新兵教育と同様にストレスに対する恐怖心を払拭し平常心を保つことが出来る効果がある[112]。一方でこうした鬼コーチによる指導には負の側面も存在し本来、個々の選手が持ち合わせるスポーツに対する興味や愛着や意欲といった肯定的な感情が確実に蝕まれて行き、完全に侵され傷つけられた場合には生涯に渡って肯定的な感情を取り戻すことは出来ない[113]。鬼コーチと直面した場合には自身の耐久力を高める好機と捉え愛着や意欲が蝕まれないように努めることが必要であり[113]、厳しい指導を理由に否定的な感情を抱いたりストレスを間違った方向へと向け発散するべきではない[113]

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参考文献

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  • 夏目房之介『消えた魔球 熱血スポーツ漫画はいかにして燃えつきたか』双葉社、1991年。ISBN 978-4575281170
  • 三ツ屋誠『「少年ジャンプ」資本主義』NTT出版、2009年。ISBN ISBN 978-4757122451{{ISBN2}}のパラメータエラー: 無効なISBNです。
  • 宮原照夫『実録!少年マガジン名作漫画編集奮闘記』講談社、2005年。ISBN 978-4063646542
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  • 山崎敬之『テレビアニメ魂』講談社、2005年。ISBN 978-4061497894
  • 吉田正高『二次元美少女論-オタクの女神創造史』二見書房、2004年。ISBN 978-4576041247
  • 米澤嘉博『戦後少女マンガ史』筑摩書房、2007年。ISBN 978-4480423580
  • 米澤嘉博『戦後野球マンガ史-手塚治虫のいない風景』平凡社、2002年。ISBN 978-4582851540
  • ジム・レーヤー 著、スキャン・コミュニケーションズ 訳『スポーツマンのためのメンタル・タフネス』阪急コミュニケーションズ、1997年。ISBN 978-4484971032

関連項目