オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼(二相系ステンレス鋼)を使用するフィンランドトゥルクの橋(Myllysilta)。光沢を出した EN 1.4462 冷間圧延板を表面に使用している[1]

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼(オーステナイト・フェライトけいステンレスこう)とは、常温で組織中にオーステナイト相フェライト相が共存するステンレス鋼の一種である。二相ステンレス鋼二相系ステンレス鋼(にそう(けい)ステンレスこう)などとも呼ばれる。

ステンレス鋼の金属組織別分類の一つで、他には「マルテンサイト系ステンレス鋼」「フェライト系ステンレス鋼」「オーステナイト系ステンレス鋼」「析出硬化系ステンレス鋼」がある[2][3]

基本組織と組成

オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は、金属組織がオーステナイト相フェライト相の二相から成るステンレス鋼で、二相ステンレス鋼二相系ステンレス鋼(英語:duplex stainless steel)とも呼ばれる[4][5]。(以下、本記事でも簡略のために二相系ステンレス鋼や二相系と呼ぶ)。他のステンレス鋼の金属相としてはマルテンサイト相がある[6]。マルテンサイト・フェライトの二相系ステンレス鋼や、フェライト・オーステナイト・マルテンサイトの三相系ステンレス鋼(英語:triplex stainless steel)といった種類もあるが、二相系ステンレス鋼といえばフェライト・オーステナイト系が主流である[7]

クロムモリブデンチタンニオブケイ素などを添加すると、鉄合金組織中にフェライト(δ フェライト)が形成されやすくなる[8]。このような元素をフェライト形成元素と呼ぶ[8]。対して、ニッケルマンガン炭素窒素などは、添加することによってオーステナイトが形成されやすくなるのでオーステナイト形成元素と呼ぶ[9]。フェライト形成元素とオーステナイト形成元素の含有量の割合で、組織中のフェライトの生成量が決まる[10]

二相系とは、フェライト形成元素とオーステナイト形成元素の量を調整することによって、フェライトとオーステナイトの存在比率が約1対1を狙いとして造られる鋼種である[11][12]。実際の比率は具体的な鋼種や熱処理過程によって異なり、フェライトの存在率はおおよそ 40 % から 70 % となっている[13]。ただし、ほとんどの二相系のフェライト・オーステナイト比率は約1対1である[14]。1対1が好まれる理由は、この割合近辺で優れた耐応力腐食割れ性耐孔食性が得られるためである[15]

二相系に添加される主な合金元素は、クロムニッケルモリブデン窒素である[16]。ステンレス鋼の組成上の分類としては、二相系はクロムとニッケルを主成分とするクロム・ニッケル系ステンレス鋼の一種に該当する[17]。二相系ステンレス鋼のクロムニッケルの典型的な含有量は、クロムが 17 % から 30 % 程度、ニッケルが 3 % から 13 % 程度である[7]

特性

二相系ステンレス鋼の常温強度は、ステンレス鋼の中で優れた特性を持つ[18][19]。特に降伏応力は一般的にオーステナイト系の約2倍の強度を持ち、常温で 450 MPa から 600 MPa の値を示す[19][20][21]引張り強さは、常温で 600 MPa から 800 MPa の値が得られる[21]。二相系の延性靭性は、オーステナイト系よりは劣り、フェライト系よりは優れる[15][19]。延性の指標である伸びは、20% から 30% 程度である[21]。また、オーステナイト系のような高温強度を持たず、475℃脆化も起きるため、350℃以下が二相系使用の目安である[22]

クロムを高濃度に含むため、二相系は高い耐食性を有する[23]孔食隙間腐食に対して、オーステナイト系の316系などと比較しても高い耐食性を持つ[24]。二相系の耐孔食指数(Pitting Resistance Equivalent Number, PERN)には、

PREN = Cr + 3.3 × (Mo + W) + 16 × N

が用いられる[25]。ここで Cr, Mo, W, N は、クロム、モリブデン、タングステン、窒素の質量パーセント濃度である。二相系のPRENは、汎用二相系で約35%、スーパー二相系で40%以上、ハイパー二相系で50%近い数値を示す[25][26]。臨界孔食温度についても、オーステナイト系の304L系や316L系と比較して汎用二相系の方が高く、孔食形成開始に対する抵抗が大きい[27]

オーステナイト系は最も標準的に使われているステンレス鋼種だが、塩化物イオン環境下では応力腐食割れの懸念が強い欠点がある[28]。このオーステナイト系の弱点である応力腐食割れに対する耐性が高いのが、二相系の長所である[29]。耐孔食性が高いことが耐応力腐食割れ性につながっているという指摘もあるが、二相系の耐応力腐食割れ性が高い原理の詳細はまだ不明である[30][31]。また、高温度下では耐応力腐食割れ性は落ちる[29]

密度電気抵抗熱抵抗熱膨張率弾性率といった、二相系の物理的性質は、オーステナイト系とフェライト系(又は炭素鋼)のほぼ中間に位置する特性を示す[32][15]。二相系は磁性が持つ材料であり、その程度はフェライト相の比率に依存する[33]

用途例

二相系ステンレス鋼を使用するスウェーデンセルベスボリの橋(Sölvesborgsbron)。 EN 1.4162 の板材を 150 ton 使用[34]

原料および製造コストが高いため、析出硬化系ステンレス鋼と同じく、二相系はステンレス鋼の中で高価な部類に入る[31]。一方で、二相系と同じ対孔食性のオーステナイト系を用意しようとすると、高価なニッケルやモリブデンの含有量が多い鋼種を用意する必要があり、その点では経済性に優れる[35]

二相系の高い耐応力腐食割れ性を活かし、海水環境下や油井関係などで使われている[5]。オーステナイト系と比較して応力腐食割れ耐性が高いため、応力腐食割れの懸念がある箇所で使われているオーステナイト系材を置き換えて使うという需要がある[29]

高耐荷重性能と塩水環境への耐食性能などから、橋梁の材料に二相系が適用されている[36]。構造用鋼を使用する場合と比較して、二相系の使用は初期費用が高くなるが、長寿命・省メンテナンスな橋梁が期待される[36]。ヨーロッパでは、スウェーデン、ノルウェー、スペイン、イギリス、イタリアなどで二相系製の橋梁の実績がある[36]。アジアでは、シンガポールのヘリックスブリッジや香港のストーンカッターズ橋などが二相系で造られている[37]

カタールハマド国際空港では、ターミナルの屋根に二相系を使用している[38]。空港が海の近くに位置しており、高温多湿の環境と塩による腐食に耐える必要があり、コストや比強度も考慮にいれて二相系が選択された[38]。この屋根は、2014年現在世界最大のステンレス製の屋根で、およそ1600トンの二相系が使われている[38]

歴史

第一世代

二相系ステンレス鋼がいつ発明されたのか、あまり明確ではない[39]。1927年に、米国のユニオンカーバイドのE.C.ベインとW.E.グリフィスが発表した鉄・クロム・ニッケル三元系状態図で、オーステナイト相とフェライト相が併存する組成領域が報告された[39]。これによると、クロム量が23%から30%、ニッケル量が1.2%から9.7%でオーステナイト・フェライト二相が現れるということであった[40]。しかし、彼らの報告では、その特性に触れることはなかった[40]

1929年または1930年、スウェーデンで二相系ステンレス鋼の鋳造品が製造された[41][39]。実用化したのはアーヴェスタ社スウェーデン語版で、炭素量が多かったオーステナイト系ステンレス鋼で起きていた粒界腐食への対策として開発された[42]。これが、二相系の最初の製造とされる[43]。造られた鋼種は2種類で、"453E"と"453S"と名付けられた[40]。453Eの組成は、クロム20%、ニッケル5%で耐熱用として販売された[44]。453Sの組成は、453Eの組成にモリブデン1%が加わったもので、耐食用として販売された[44]。特に453Sが広く利用された。加工技術の制約のため板材や管材としての生産は困難だったため、二相系は主に鋳造材として造られ、利用された[45]。453Sは、サルファイトパルプのパルプ産業などで使われた[46]

また、1933年、フランスでジェイコブ・ホルツァー社フランス語版が二相系を偶然から造り出し、その鋼種の対粒界腐食性が高いことを発見した[44]。モリブデン入りのオーステナイト系を製造する際に、誤ってクロムを多量に添加してしまったことが発見のきっかけであった[44]。クロム18%、ニッケル9%、モリブデン2.5%を目標にしたが、クロム20%、ニッケル8%、モリブデン2.5%から成る鋼種が出来上がった[39]。ジェイコブ・ホルツァー社は1935年にこの鋼種を特許出願し、1936年に特許登録された[39][47]。さらに、耐食性を上げるために銅を添加した鋼種も1937年に特許出願している[39][48]

第二世代

1960年代終わりから1970年代初頭にかけて、二相系の進歩を促す2つの出来事が起こる[49]。一つは、VOD法AOD法が実用化されたことで、これによって超低炭素化と窒素添加の精密な制御が可能となった[49]。もう一つは、ニッケル不足で、当時のオーステナイト系の価格を高騰させた。海洋油田開発の活性化も合わさり、高腐食環境下に耐えるステンレス鋼が求められた[49]。炭素を0.03%以下に抑え、窒素を0.1%以上添加することで、第一世代の二相系が持っていた溶接時の問題点が解消された[50]。これらの鋼種は、現在「汎用二相ステンレス鋼」と呼ばれる[50]

第三世代とそれ以降

1990年代以降になると、さらに高モリブデン・高窒素の二相系ステンレス鋼が開発された[51]。現在、「スーパー二相ステンレス鋼」と呼ばれる鋼種群の誕生である[50]

脚注

  1. ^ ISSF 2016, p. 11.
  2. ^ 野原 2016, p. 16.
  3. ^ How many types of stainless steel are there?”. British Stainless Steel Association. 2018年3月15日閲覧。
  4. ^ JIS G 0203:2009, 鉄鋼用語(製品及び品質), p. 20
  5. ^ a b 田中 2010, p. 156.
  6. ^ 谷野・鈴木 2013, p. 241.
  7. ^ a b Lai Leuk et al. 2012, p. 52.
  8. ^ a b 谷野・鈴木 2013, pp. 102–103.
  9. ^ 谷野・鈴木 2013, p. 103.
  10. ^ 田中 2010, p. 100.
  11. ^ 小川 2015, p. 1.
  12. ^ IMOA 2014, p. 10.
  13. ^ 遅沢 2009, p. 7.
  14. ^ IMOA 2014, p. 8.
  15. ^ a b c ステンレス協会 1995, p. 634.
  16. ^ IMOA 2014, pp. 8–9.
  17. ^ 金属用語辞典編集委員会、2004、『金属用語辞典』初版、 アグネ技術センター ISBN 4-901496-14-X p. 194
  18. ^ ステンレス協会 1995, p. 632.
  19. ^ a b c 小川 2015, p. 2.
  20. ^ IMOA 2014, p. 26.
  21. ^ a b c Lai Leuk et al. 2012, p. 58.
  22. ^ 遅沢 2009, p. 11.
  23. ^ 谷野・鈴木 2013, p. 243.
  24. ^ ステンレス協会 1995, p. 636.
  25. ^ a b 小川 2015, p. 4.
  26. ^ Lai Leuk et al. 2012, pp. 52–53.
  27. ^ IMOA 2014, p. 16.
  28. ^ 野原 2016, p. 102.
  29. ^ a b c IMOA 2014, p. 17.
  30. ^ ステンレス協会 1995, p. 637.
  31. ^ a b 野原 2016, p. 35.
  32. ^ IMOA 2014, p. 29.
  33. ^ 野原 2016, p. 17.
  34. ^ ISSF 2016, p. 14.
  35. ^ 小川 2015, p. 3.
  36. ^ a b c N.R. Baddoo, A. Kosmač (2012年10月5日). “Sustainable Duplex Stainless Steel Bridges (PDF)”. International Stainless Steel Forum. 2019年6月9日閲覧。
  37. ^ IMOA 2014, p. 56.
  38. ^ a b c IMOA 2014, p. 57.
  39. ^ a b c d e f Charles 2015, p. 2.
  40. ^ a b c Cobb 2010, p. 185.
  41. ^ IMOA 2014, p. 5.
  42. ^ Cobb 2010, p. 185; IMOA 2014, p. 55.
  43. ^ The History of Stainless Steel”. http://www.worldstainless.org. International Stainless Steel Forum (2016年8月16日). 2019年8月17日閲覧。
  44. ^ a b c d 遅沢 浩一郎、2011、「講座:ステンレス鋼活用の基礎知識 ―歴史、特性、耐食性― 1.ステンレス鋼の歴史と製造」、『材料』60巻7号、日本材料学会、doi:10.2472/jsms.60.680 p. 682
  45. ^ 小川 2015, p. 6.
  46. ^ IMOA 2014, p. 55.
  47. ^ FR 803361, "Nouveaux alliages inoxydables", published 1936-09-29, assigned to Jacob Holtzer Ets 
  48. ^ FR 49211, "Nouveaux aciers inoxydables", published 1938-12-07, assigned to Jacob Holtzer Ets 
  49. ^ a b c Alvarez 2007, p. 51.
  50. ^ a b c 小川 2015, p. 7.
  51. ^ 鈴木 2000, p. 149.

参照文献

※文献内の複数個所に亘って参照したものを特に示す。

  • ステンレス協会(編)、1995、『ステンレス鋼便覧』第3版、 日刊工業新聞社 ISBN 4-526-03618-8
  • 野原 清彦、2016、『ステンレス鋼大全』初版、 日刊工業新聞社〈技術大全シリーズ〉 ISBN 978-4-526-07541-4
  • 田中 良平(編)、2010、『ステンレス鋼の選び方・使い方』改訂版、 日本規格協会〈JIS使い方シリーズ〉 ISBN 978-4-542-30422-2
  • 谷野 満・鈴木 茂、2013、『鉄鋼材料の科学 : 鉄に凝縮されたテクノロジー』第3版、 内田老鶴圃〈材料学シリーズ〉 ISBN 978-4-7536-5615-8
  • Joseph Ki Leuk Lai, Kin Ho Lo, Chan Hung Shek, ed (2012). Stainless Steels: An Introduction and Their Recent Developments. Bentham Science Publishers. doi:10.2174/97816080530561120101. ISBN 978-1-60805-305-6. 
  • International Molybdenum Association (2014) (PDF). Practical Guidelines for the Fabrication of Duplex Stainless Steels (Third ed.). London: International Molybdenum Association. ISBN 978-1-907470-09-7. https://www.imoa.info/download_files/stainless-steel/Duplex_Stainless_Steel_3rd_Edition.pdf. 
  • Harold M. Cobb (2010). The History of Stainless Steel. ASM International. ISBN 978-1-61503-010-1. 
  • Iris Alvarez-Armas (2008). “Duplex Stainless Steels: Brief History and Some Recent Alloys”. Recent Patents on Mechanical Engineering (Bentham Science Publishers) 1 (1): 51–57. doi:10.2174/2212797610801010051. 
  • Stainless Steel in Infrastructure (PDF)”. http://www.worldstainless.org. International Stainless Steel Forum (2016年7月5日). 2019年4月13日閲覧。
  • Jacques Charles (July/August 2015). “Duplex families and applications: a review Part 1: From Duplex Pioneers up to 1991 (pdf)”. www.stainless-steel-world.net. Stainless Steel World. KCI Publishing. pp. 1–5. 2019年8月17日閲覧。
  • 小川 和博 (2015年7月). “二相ステンレス鋼の発展と最近の動向 (PDF)”. WE-COMマガジン第17号. 日本溶接協会. 2019年6月1日閲覧。
  • 遅沢 浩一郎 (2009年1月). “腐食センターニュース No. 048 ステンレス鋼の特性と使用上の要点 (PDF)”. 腐食センター. 2017年9月9日閲覧。
  • 鈴木 隆志、2000、『ステンレス鋼発明史』初版、 アグネ技術センター ISBN 4-900041-80-7

外部リンク